32. 属性過多なコイツは、ザコインなんだが

「そこの紅坂未来さんは、正真正銘の男の子って言ってるの。本人に頼んで、おちんちんの一つでも見せて貰えばいいじゃない」

「ち、ちんち……⁉︎ 見せないよ⁉︎ 頼まれても我、絶対に見せないからね⁉︎」


 サラリと真顔で語る詩織に、紅坂は顔の隅まで真っ赤に染めて声を荒げる。

 すると再び紅坂の方を向いた歩夢は、水分を全て失ったような表情でしゃがれた声を絞り出した。


「本当に男子……なんですか?」


「う、うん。我は正真正銘の男子だ」

 更にカッと目を見開いた歩夢は顔を強ばらせた歩夢に、ビクリと紅坂が驚く。

「ちんちんがついてるって事ですか?」

「つ……ついてるよ……」


 詩織に続く歩夢のセクハラ発言に続き紅坂は一瞬硬直したが、歩夢の表情からそういった意図がない事を察して恥ずかしげにも答える。


 ――――数秒間沈黙が続いた後、歩夢は膝を付き天井を仰いだ。


「ちっくしょぉおおおおおおおお!!」

「うわぁあ⁉︎ びっくりしたぁ……」


 突如して叫び上げた歩夢に、紅坂は驚倒の声をあげた。

 そして歩夢は涙を流しながら床を叩いて悔しがり始め、詩織は死んだ目でそれを見ている。


(あぁ神ってやつはいつだってそうだ。顔が良ければそれ意外が壊滅的だし、完璧だと思えば生えるモン生やしてるし)


 紅坂が歩夢にドン引きしている最中、教室の扉がノックされる。

 ガラリと開いた扉の先には、歩夢のよく知る二人の姿があった。


「いやーセンパイも千秋センパイもすみません。すっかり遅くなってしまいました」

「リンが提出課題をサボってたからでしょ……」


 たははと笑うリンと、疲れた様子でその後ろに立つ鈴音。

 そして二人は紅坂と顔を見合わせた後、視線を歩夢へ移す。


「こちらの眼帯してる先輩は?」

「我が名は――」


「この人はちんちんだ。こんなに可愛いが実は紅坂未来べにざか みらいがついている」

「ちょっと⁉︎ ちゃんと我の説明してよ⁉︎」


 意思消沈から無気力にとんでもない説明を始める歩夢を、紅坂は顔を赤くしながら止めに入る。


「この人は私のクラスメイトの紅坂未来。女子の様な外見だけれど男の子なのよ」


 そして詩織は歩夢にした説明をまるっきり復唱し、再び紅坂のプロフィールを教える。

 タイミングを逃して厨二病をやめられなくなった事を伝えたあたりから、紅坂は恥ずかしそうに再び涙目で小さく震えだした。


「なんで……千秋さん……本当に我に対して躊躇とかしないの……?」


 紅坂の声は歩夢には届いておらず鈴音はどこか同情する様にで、リンは興味深そうに説明を聞く。

 一通り聴き終わった後、リンと数センチほどの超至近距離で眼帯を観察した。


「それじゃ、この眼帯は特に怪我してる訳でもないんですか?」

「あ、うん。これは我が左目に封印されし伝説の邪竜【ジャジヴァリス】だから……」

「日常生活で不便じゃないんですか?」

「…………ちょっとだけ不便」


 純粋な疑問として首を傾げるリンと、羞恥の末に感情を失い始めている紅坂。

 それを見ていた鈴音は居た堪れなくなり、リンの腋の下に手を入れその場から移動させた。


「そ、そういえば! 紅坂先輩は青春部に何か用事だったんですか?」 

 せめてもの助け舟を鈴音が送ると、紅坂はハッと思い出したように顔をあげる。


「さぁ我が宿敵、千秋よ! 我を青春部に入れてもらおうか!」

「断るわ」

「一考の余地も無し⁉︎」


 一瞬で拒絶される紅坂を見て、さすがの歩夢にも少し同情した。


「青春部は私が青春を体感し、理解するための部活動よ。設立直後なのだし、今のところ部員を募集する気など毛頭ないのだけれど」

 そんな事を言いながら、詩織はリンの方へ一瞬視線を移す。


 正直なところ詩織にとって、紅坂を青春部に入れる事自体は何ら問題ではない。

 つまりこれは、リンが未来人であることを隠す為の言い訳である。


(……何でだ? クラスメイトなら青春部のメンバーにピッタリなのに)


 だが詩織の罵詈雑言を浴びていた歩夢はこれが詩織の気遣いだと理解できず、単純に詩織のサディズム的発言だと勘違いしていた。


「でも紅坂先輩は千秋先輩の宿敵なんですよね? なら入部テストをしてあげるとか、一考くらいしてあげてもいいんじゃ無いですか?」


 と意図を察する事なく言い放った歩夢に、詩織は額に青筋を浮かべる。

「この子と私を同列に並べるなんて、ずいぶんと度胸があるのね歩夢くん。そろそろ粗大ごみから燃えるゴミに格下げするわよ」

「ゴミである事に変わりは無いんですけど」


 歩夢は千秋先輩の中で自分の扱いはどうなっているんだろうかと心配を覚える。

 その横で、勢いよく紅坂が詩織に言い寄る。


「青春部と我が勝負して、勝ったら入れてくれ!」

「ダメね」

「3番勝負でいいから!」

「ダメね」

「我本気出さないから!」

「ダメね」

「3番勝負くらいじゃんか! ケチンボ!」

「ダメね」

「ジュースあげるから! 3番勝負して!」

「ジュースは貰うわ。ダメね」


 と、そこでジュースだけ取られた紅坂が悔しそうに膝をつく。


「はっ⁉︎ そうか……」


 そして紅坂は何かを思い立った様に不敵に笑って立ち上がると、

「ふぅん? 千秋、汝もしかして逃げえるのか? 我に負けるのが怖いのか?」

 ぷぷっと笑う様な仕草を見せる紅坂。詩織はそれを目端で一瞥する。


「……呆れたわ。千秋家の次期当主であるこの私が、そんな安直な煽りに乗ると思った? 随分と見くびられたものね。いいでしょう受けてあげる、絶対に許さないわ。生まれてきた事を後悔させるまで、地の果てまで追い詰めて見せるわよ。最後には消し炭すら残らないと思いなさい」


「ブチギレてるじゃないですか」

 沸点がドライアイスより低い詩織に、歩夢は思わず真顔でツッコんだ。

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