31. ボッチ&厨二病とか、あまりに哀れなんだが

 生徒総会から数日後。やけに日差しのキツい日の放課後。

 青春部の設立が決定し色々と決めることがある為、歩夢たちは連日放課後に詩織から呼び出しを受けていた。


 鈴音がリンを迎えに行った為、歩夢は1人で指定された教室の扉を開ける。

「ちわーす、千秋先輩」


 当然、教室の中では詩織が待っていた。

 そしてそこには更にもう一つ人影があり、グイグイと詩織に密着している。


「頼むぅ! 我の一生のお願いだから! 我も青春部に入れて欲しい! 汝は『いいわよ』って一言だけでいいから!」

「何度言ったら理解できるの……絶対にダメ、不許可よ。それに一生のお願いを受けるのはもう20回以上だわ」

「そんなぁ! 詩織、汝は我の宿敵だろう⁉︎ 宿敵ならいいではないか!」

「…………私は宿敵になった記憶なんてないのだけど」


 頭が痛そうに詩織は頭を抱えるも、横にいる美少女は構わず詩織の肩に手を乗せグワングワンと肩を前後に動かす。

 涙目な美少女はボーイッシュに整った顔立ちと、右目を隠す大げさな眼帯の主張が強い。

 低い身長に合わせて小じんまりとした体操着、ショートの赤髪が妙に幼い印象を持たせる。


 すると詩織は状況が理解できず苦笑いを浮かべる歩夢に気がつき、掌を曲げてこっちへ来いとジェスチャーする。

「……もしかして取り込み中でした?」

「いえ、むしろいいタイミングで来てくれたわ歩夢くん。手早くこの厄介虫を適当にあしらって、さっさと部活についての話を始めましょう」

「や、厄介虫⁉︎ 流石に酷くない……ク、ククク千秋よ。やはり汝は度胸があるな」


 詩織は心底嫌そうな顔でしがみつく女子の頬を押しのけるが、女子も必死にしがみついて離れようとしない。


「い、いいのか? 我が左目に封印されし伝説の邪竜【ジャジヴァリス】の漆黒は文字通りの桁外れ……我が真の力を解放すれば、この世界は瞬く間に漆黒に染まるぞ?」


 どこか顔を赤くしながら発言する彼女を、歩夢はじっと真顔で見つめてみる。

「何すかこの厨二病」

「ちゅ、厨二……⁉︎ な、汝⁉︎ 我は先輩だぞ⁉︎ ……汝は確か、生徒総会で見た千秋の眷属であるな」


 ショックを受けた様子で歩夢の方を向いた女子は、その場で目を瞬かせた。

「俺は2年の信乃方 歩夢って言います。一応、千秋先輩の立ち上げた青春部の部員です」


 一応歩夢は、名を名乗りぺこりと軽く頭を下げる。

「く、ククク面白い小僧だ……殺すのは最後にしてやる。恐怖に平伏し聞くがいい、我が名は」

「この厄介虫は紅坂未来べにざか みらい。私のクラスメイトで、ボッチ&厨二病の悲しい子よ」


 紅坂が自己紹介を始める前に、ズバッと詩織が真顔でそう言い切った。

 なんの遠慮も躊躇もない言葉の刃を受け、紅坂は詩織の方を向いてパクパクと口を開く。

 当の詩織は何の気に留める様子もなく冷酷な表情で説明を続ける。


「当時読んでいたラノベの影響を受けて高校デビューで厨二病キャラを始めたものの、高校生で厨二病の人間に当然クラスメイトの友達もできる訳も無く、更に止めるタイミングを逃して未だ厨二病キャラでいるという悲しき呪いを受けたのがこの紅坂さんよ」

「ちょ、ちょっと⁉︎ 千秋さん⁉︎ 千秋さんってば!」


 もはや紅坂は焦りを隠さず標準語に戻っているが、詩織が気に留める様子はない。

 説明を聞いた歩夢も納得した顔で「なるほど」と小さく頷いた。

 それから以前に屋上で青春部の設立理由を聞いた時、詩織が『自分には一緒に青春する友達がいない』と言っていたことを思い出した。


「でも千秋先輩もクラスメイトの友達いたんですね。本気で友達が1人もいないのかと思ってました」 

 質問に対し、詩織はあっけらかんとした様子で首を傾げた。


「私に友達なんている訳ないじゃない。一人で教室で執筆をしていたら、勝手に同類だと勘違いした紅坂さんが近づいてきたのよ。千秋家のことを説明するのも面倒臭かったけれど何より鬱陶しくて仕方なかったわ…………だからある日気分転換を兼ねて、何の気なしにそれっぽいダークファンタジーのラノベを書いて渡したの。そうしたらそれ以来、こうして更に纏わりついてくるようになったのよ」


 思い出しながら詩織は不機嫌そうに頬をつく。

 詩織がボッチである点で紅坂とは同類だと思ったが、歩夢はあえては口に出さなかった。

 ちなみにそのダークファンタジーは世間的に公開されておらず紅坂しか読んでいないが、千秋家次期当主である詩織の原稿のため軽く数十万円の値がつく。


「ふ、フハハ……もう辞めて……」

 詩織に人生の失敗ラッシュを怒涛の勢いで暴露され、紅坂は涙目(既に少し泣いている)で自分の指先同士を合わせている。


 そんな歪んだ高校生活を送っている紅坂を、歩夢はジッと見つめた。


(……おいおい、この先輩可愛すぎないか?)


 彼女が欲しい欲望に触れられ、歩夢はだいぶ感覚が麻痺していた。


(高校で厨二病を発生しちゃう幼さとか、それに気づいたけど撤回できない幼さとか、仲良くなれそうな相手に頑張って話しかけに行く健気さとか……最高だろ!)


 何より歩夢にとって、紅坂は重要な要素を満たしていた。

 具体的には顔が良くても、人に毒を吐いたり小説に狂ったりしない。顔が良くても、運動音痴な未来人じゃない。顔が良くても、照れ隠しで金属を捻じ曲げたりしない。などである。


 更に時折、体操着の裾下から見える包帯。そしてその合間から覗く素肌が……なんともエロい。

 涙目でメンタルブレイクされ掛けている紅坂に、歩夢はすかさずアプローチを掛ける。


「ちなみに紅坂先輩、いま彼氏とかいますか?」

「か、彼氏⁉︎い、いや我は……」


 紅坂が口籠もっていると、横にいる詩織は呆れた様子でため息を吐いた。



「……歩夢くん。この子、男の子よ」



 硬直した歩夢が、ギギギと機械のような音を立てて振り返る。

「……はい?」

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