30. 地獄の生徒総会、幕引きなんだが

 歩夢が悟った詩織の最後の秘策。それは他でもない歩夢自身の下着公開の妨害である。


 約束を全て守った詩織の行動を、無遠慮で迷惑な男子生徒が妨害する。

 これが歩夢の推測した詩織の秘策の全貌であり、事実この推測はほぼ合っていた。


(もし! 俺が! 気がつかなかったら! どうすんだよ!)


 もしも自分が見捨てたら、気がつかなかったら。

 もしも歩夢が妨害しなければ、間に合わなければ。詩織は全校生徒の前で下着を公開し、痴女として詩織の株、ひいては千秋家の株は大暴落するだろう。

 そんな想定を一切しない詩織に、歩夢は口元を歪め懸命に前へ走る。


(あと……少し!)


 歩夢が10数メートルまで近づいた時、詩織はギュッと目を瞑っていた。

 そして摘んだスカートの裾を上へ――――




「うぉおおおおおおおおお!!!」

 ほんの一瞬だが詩織のスカートは、確かに下着の全貌が見えるほど捲りあげる。




 ――――だが無遠慮にも身体を大きく広げながら割り混んだ歩夢によって、肝心の秘境は全て影に隠れていた。


「はい終わり! これでおしまい! ちゃんと約束は守ったわ!」

 少し顔を赤く染めたまま、詩織はマイクに小さく口籠る。


――――ザワザワザワ。

スカートが捲れる瞬間を、今か今かと待っていた男子生徒たちの間で、動揺は大きな波となって揺れ動く。


その中には「そ、そんな…」と絶望の顔を浮かべる男子生徒や、悲しみの淵でただ涙を流す男子生徒の姿もある。 

一方、そんなこと露知らず、一部の女子生徒たちが拍手を送る。


「すごい覚悟だったね……」

「そこまで本気になれる事があるって……格好いいな」


 どうやら、自分の下着を見せる覚悟を示してまで部活動へ情熱を向ける詩織の姿に、胸を打たれたらしい。

 その人数は徐々に増え、皆うっとりした様子で拍手をしていた。


(……パンツ見せて拍手される展開、本当に意味不明すぎるだろ)


 詩織のパンツを隠すため頭から飛び込んだ歩夢は、しみじみ理解不能な現状に頬を引きつらせる。

 今拍手している女子生徒も皆、十分後には冷静になりこの混沌とした状況になぜ拍手を送っていたのか首を傾げるだろう。人間なんてそんなもんである。


(ともかく、何とかなってよかったな……)

 疲労困憊の歩夢は、ため息を吐きつつ自分の席に帰る。


 その最中、ムッツリ男子生徒たちは怪訝な目で歩夢を見ていた。 

「あ、あいつよく見れば……校内でナンパしまくってるナンパ先輩じゃないか」

「信乃方ぁ……覚えておけよ信乃方ぁ……」


 当然、歩夢本人も視線や呟きに気がつき、苦笑いしながら早足で席に向かう。

 始めは何が起こったのか分からず混乱していたムッツリ男子生徒たちも、歩夢のパンツ隠しへ徐々に深い恨みを募らせていた。

 公的に美少女のパンツを見れる千載一遇のチャンスを逃したのだから、当然といえば当然である。


(……どうすんだよ! この雰囲気!)


 こうして歩夢は全校男子生徒の恨みをうっすらと買い、無事に生徒総会の幕は閉じられたので合った。





 そしてその日の放課後。

 再び詩織に集められ、青春部の面々は保健室に集まっていた。

 ソファーに座った歩夢は不機嫌そうに身体を倒す。


「で、何で千秋先輩はあんな無茶なことしたんですか」

「無茶なこととは心外ね。結果的に青春部を設立できたのだから、その後の事なんて全て些事じゃない?」

「あぁそうですね、俺は生徒総会の後から男子生徒とすれ違う度に舌打ちされるようになったけど些事な訳あるかぁ!」

 何も気にしていない様子の詩織に、歩夢は全力でツッコミを入れる。


 その他にも、もし自分が詩織の意図を察していなかったら下着を全校の前で晒すつもりだったのかとか、パンツで男子を釣って過半数の賛成票を取ろうとかアホかとか、言いたいことは山ほどあったが歩夢はぐっと飲み込んだ。


 事実、全部うまくいってしまったのだから仕方がない。

 出会って数日の歩夢は詩織の意図を察して走り出したし、パンツで釣られるほど男子はアホなのだ。


 するとリンは何かを思い出したのか、ププっと吹き出し笑う。

「にしても、センパイがパンツを隠した瞬間の男子達の絶望感はすごかったですね。何がそこまで必死にさせるのかボクには理解できません」

「まぁ確かに気持ちは理解できなくも無い…………おそらく俺は、全校男子生徒から嫌われたんだろうなぁ」


 詩織のパンツは様々な問題が発生するので仕方なかったとはいえ、男子生徒の気持ちに納得している歩夢は深く嘆息する。

 すると、それを見た鈴音はどこか憐憫な視線を向けた。


「全校男子生徒からって……歩夢は女子生徒にも元々ナンパし回ってた時から、うっすら評価悪いと思うけど」

「うっそだろ⁉︎ この学校にはもう俺に友好的な人間はもういないのかよ!」

「えぇそうね。精々、残った私たちを大切にしなさい」

「謝る気ゼロか!」


 歩夢は半ギレでツッコんだ後、ふと少し考えるような仕草を見せる。


(…………ま、ご馳走様でしたってことで)


 そして軽くため息を吐いて背を伸ばしながら、軽く口端を上げた。

「まぁ俺としても青春部ができて万々歳ですよ」

 突如として爽やかな表情で寛ぐ歩夢を見て、詩織とリンと鈴音は不思議そうに顔を見合わせる。


「歩夢くん、ついに気が触れたのかしら……」


 詩織はこの秘策において、一つ重大なミスをしていた。

 確かにパンツは歩夢が隠した事によって、全校に晒されることは無かった。

 だが当の詩織は、肝心の決行の瞬間に目を瞑っている。


(白のフリル……なかなか可愛いデザインだったな)


 つまり詩織本人は、歩夢が詩織の方向を向いて飛び込んだことを、歩夢だけがパンツを見たことを知らない。

 これこそが歩夢が男子生徒の目の敵にされる本当の理由なのだ。 


「さて青春部、楽しんで行こうぜ」


 歩夢は上機嫌に起き上がり、リンと鈴音と詩織は再び不思議そうに顔を見合わせるのであった。

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