29. JKのパンツは、全てを解決するんだが

「約束しましょう。青春部の設立の暁には――――私はこの場で、全校生徒の前で下着を見せるわ」


 ――――再び、体育館が静寂に包まれた。


 千秋詩織以外の全校生徒が、想定外の言葉にポカンと口を開ける。

 それは歩夢も例外ではなく、引きつった表情で中央に立つ詩織を見つめていた。


(…………この先輩は、何を言ってるんだろうか? )


 まさか文豪名家の天才が自信満々に語った秘策が『パンツを見せるので望みを叶えてください』なんて予想できるはずも無い。

 静まり返る体育館、歩夢がどうにか状況を好転できないかと周囲を見渡していると、


「確かに、俺たちは見失ってたのかもしれないな……。青春ってやつを」


 隣で険しい顔をしていた野球部は、爽やかな顔で不意にそう呟き1人ながら拍手を始めた。

 詩織の下着を見せるとまで言った決心が、野球部の心を動かしたのだ。


(いやそんな訳あるか。パンツ見たいだけだろお前)

 歩夢は心の底からのツッコミを、どうにか必死に抑え込む。


 すると野球部に呼応する様に、やれやれとクラスメイトの男子が拍手を始めた。

「学生の本分は勉強……だけじゃない筈だよな」

 歩夢がその様子に目を見開いていると、


 ある男子生徒は「そうだな。折角の高校生活、青春しなきゃ勿体無いよな」と拍手を始める。

 ある男子生徒は「なんだか、目が覚めた気分だぜ……」と拍手を始める。

 ある男子生徒は「俺たちは高校生、だもんな」と拍手を始める。


 各学年、各クラスの男子生徒たちは皆、何か意味深なことを呟きながら爽やかな顔で拍手をし始めていた。その中には詩織に苦言を呈した男子生徒すら含まれている。

 そこまでして詩織のパンツが見たいのか理由を理解できず、歩夢は改めて詩織の方へ向き返った。


(…………あぁなるほど)

 そして歩夢はすぐに理由を理解した。


 小説狂いな点ばかりが目立ち、すっかり忘れていたが詩織はかなりの美少女である。

 もし仮に歩夢が詩織の事を知らず、本人から拍手をするだけでパンツを見せてあげると言われたならば。きっと歩夢は凄まじい速度で拍手をした筈だ。


 そこにオープンである歩夢も、ムッツリである男子生徒も大差は無い。

 結局のところ男子は皆、可愛い子のパンツは見たいのだ。本人が見せてくれるって言ってるのなら、見たいのだ。男子高校生なんてそんなもんである。


(…………この学校の男子、バカしかいなくてよかった! )

 その言葉が自分自身にも刺さっている事にも気がつかず、歩夢は小さくガッツポーズを決める。


 一方その頃、少し気恥ずかしそうに拍手する鈴音や楽しそうに拍手するリンを見て、女子生徒たちも小さな声が飛び交っていた。


「自分のパンツを賭けてまで青春を願うなんて……ドラマみたいでカッコいいかも」

「まさか本当には見せないだろうけど、すごい覚悟だよね……」


 詩織のパンツ宣言はあくまで熱意の表れであり、それに感化された男子生徒たちが拍手している。と考えた女子生徒たちの一部が小さく拍手する。

 すると始めは疎だったその拍手は次第にその数を増やし、ほぼ全校男子生徒と交わった時には既に大きな一つの波へと変貌していた。


「さて。これで、青春部の設立は可決で間違いないわね?」


 質問台に立つ詩織の背後から、回答と言わんばかりの大喝采が鳴り響く。

 まるで豪雨の様なそれの中で詩織は右手を大きく上に掲げ、左手でマイクの電源を入れた。


「賛成多数、過半数を大きく超えた――――私は今ここに、道枝高校青春部の設立を宣言するわ!」


 生徒会長の台詞を奪い、詩織がそう宣言する。

 それから詩織はクルリと歩夢の方へ振り返り、ドヤ顔で親指を立てる。

 すると歩夢も、困った笑顔で親指を上げ返してみせた。


「……さて、それじゃ約束だものね」


 そして割れんばかりの拍手の中で詩織は苦笑いを浮かべ、この事態に歩夢はハッキリと焦りを覚える。


(ってどうすんだよ千秋先輩! やっぱり見せませんって言っても絶対に収まらないぞ!)


 当然ながら文豪名家、千秋家の次期当主である詩織が人前で下着を見せるなど言語道断である。

 だが頑固な詩織の性格から考えて、ここまで盛り上げて逃げる事や、スカートの中に体操服を着ているとも考えづらい。


「約束は違えない。一瞬だけれど、全校生徒に見えるようにスカートを捲り上げるわ」


 詩織は自身のスカートの裾に手を掛けるも、その仕草にはあまり抵抗感が無い。

 ニヤリと不敵に笑う詩織の視線は、真っ直ぐ歩夢に向いている。

 そして歩夢は、電撃が走った様に詩織の秘策の全貌を悟った。


(……違う。千秋先輩は約束通り、何一つ嘘偽りなく決行する気だ)

 ただ一つだけ方法があった。誤魔化しや偽りなく、文豪名家の詩織が下着を公開して問題にならない方法が。


 気がついた歩夢は……いや、気がついてしまった歩夢は苦しそうに唇を噛み締める。

 そして転びそうになりながらも歩夢は席を飛び出し、詩織のいる中央マイク前へ駆け出した。


(…………くそったれ! )

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る