03. 謎の少女、なんか意識が無いんだが

(――――女の子? )


 飛び出してきた少女の髪は、太陽の後光を受けて黄金色の輝きを魅せる。

 そしてピンク色のブカブカなフードは、風の勢いに巻かれ動き――


「あぁーっと! 角から美少女が――――!!」


 そこまで言って少女はそのまま、顔面からコンクリートの餌食になった。


「ちょ、ちょっと大丈夫⁉︎ すごい音したけど」

 急いで鈴音が駆け寄るも、地面に突っ伏したままビクリビクリと痙攣する少女。

 その姿はまるで、昨日テレビで見た一本釣りのマグロそのもの。

「お、おいお前! 大丈夫か?」

「……ダメ、完全にノビちゃってるみたい」

 急いで歩夢も駆けつけるも、少女は漫画の様に目をグルグルと回している。


 すると、少女の着ているピンク色のパーカーの下に鈴音はある発見をした。

「この子のパーカーの下、よく見たらウチの制服じゃない? しかも青色のリボンって事は新入生かな」

「このちんちくりん、新入生なのか?」


 歩夢と鈴音の通う道枝高校には、学年毎に色が規定されている。

 卒業学年の規定色は、次年度の新入学年の規定色として脈々と受け継がれるシステムであり、昨年度の卒業学年の規定色は青。


 つまり現在で青リボンをつけている生徒は、もれなく新入生である。

「とりあえず、保健室まで運んでやるか」


 歩夢はそう言うと、鈴音に荷物を預け少女を背に背負った。


 それを見て「あたしが運ぼうか?」と言い掛けた鈴音はそれを小さく反省し、荷物を持って歩夢の後に続くのであった。





 歩夢と鈴音の通う道枝高校。

 その保健室は生徒玄関から入ってすぐ、正面に配置されている。

 気絶した少女を担ぎながら、歩夢は器用に扉を片足で開いた。

「すみませーん。怪我人連れてきました」


「あぁすまない、少し待ってくれ」

 返事は器具や包帯の入っている棚の影から返ってきた。


 だがその聞き馴染みの無い若い声に、歩夢は違和感を感じ首を捻る。

「……遠藤先生じゃ無い?」


 休み前までの保健室の養護教諭は、くたびれた印象をあたえる初老の遠藤先生だった。

 歩夢自身も、捻挫した時に絆創膏を貼って貰った恩がある。

 始めは「いや湿布じゃないのかよ」とはツッコんだが、何故かビンタされたので考えるのを辞めた。


「すまない、今日からの着任でね。備品の場所を確認していたんだ」

 棚の影から顔を覗かせたのは、深紅の瞳を持つ白衣の美女。

 しなやかに揺れる金髪は肩ほどに伸び、女性特有の部位が抜群な破壊力を誇るスタイルをより際立たせる。


「今年から本校の保健室の養護教諭になった、アリサ=E=レイヤーゼだ。名前の通り外国生まれだが、日本にいた方が長いから言葉は問題ない。どうぞよろしく頼むよ」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 道場での試合と同様に、丁寧に頭を下げて礼をする鈴音。

 それを見て、アリサの立ち振る舞いに惚けていた歩夢も「よ、よろしくお願いします」と急ぎ頭を下げる。


 するとジッと2人を見て、アリサは何か思い当たったように口元に触れた。

「もしかすると……君たちは、水原さんと信乃方くんだろうか?」

「そうですけど、どうしてあたしたちの名前を?」

 驚いた様子で聞き返す鈴音が聞き返すと、アリサはどこか複雑な表情で応える。


「いや、少し私には特殊な仕事があってな。2人には遠く無いうち、私から声を掛けようと思っていたんだ」

 嬉しそうに頬を掻き「こんなに早く出会えるなんて、やはり私は幸運なのかもしれないな」と笑うアリサを見て歩夢の顔が赤くなる。


 それを見過ごさなかった鈴音は、外からではわからないくらい、ほんの少し頬を膨らませた。


「改めて、君たちは保健室に何用だろうか?」

「あ、いえ。アリサ先生は彼氏とかいたりしますか? 良かったら俺が」

 歩夢がその言葉を言い切る前に、鈴音はスッと拳の影を見せる。


 一瞬で血の気がひいた歩夢とは対照的に、鈴音はにこやかな笑顔を浮かべたまま話を続けた。

「通学中に気絶している生徒がいたので連れてきました。いきなり飛び出してきて目の前で倒れたので」 


「お、俺が背負ってるコイツです」

 歩夢が背負った少女をソファーへ座らせる。

「通学路で気絶……? それは難儀な事だったな。その子は保健室で預か……」

 ソファーの少女を覗いた瞬間、まるで残業の山を見たサラリーマンの様にアリサは顔を顰めた。


「……何やってるんだ、コイツは本当に」

 まるで見知った顔の失態を見たようなアリサの言葉に、鈴音は違和感を感じた。


「アリサ先生、この子を知ってるんですか?」

 鈴音の問いに対し、アリサは心の底からの苦笑いを浮かべる。


「少し不思議な関係でな……嫌になる程よく困らされている」

 ソファーで横になる少女に「おい、大丈夫か?」とアリサは声をかけるが、反応はない。

 だが心なしか気絶した時より顔色はかなり良くなり、呼吸も穏やかになっていた。


 アリサは少女の首筋や顔に少し触れた後、呆れた様にため息を吐く。

「特に怪我は無い……というか寝ているな」


「ね、寝てる⁉︎」

 歩夢が驚きの声を上げるが、アリサはまたも苦笑いで説明を続ける。

「額の跡から見るに、おそらくショックによる数十秒ほどの軽い気絶だろう」

「なん……だと……」


 圧倒的な筋肉不足に苦しみながら運んだというのに、担がれていた本人は眠りこけていたらしい。

 もの悲しい事実に、思わず歩夢の目から光が消滅しそうになる。

「ともかく、話は本人を起こしてからだな」

 唇を噛み締める歩夢の言葉を聞きながら、アリサは「水を一杯汲んで来る」と席を立つ。


 釣られるように鈴音も席を立ち、少女の前で足を止めた。 

 気持ちよさそうに髪を乱して眠る姿は、まるで遊び疲れた子供が眠りこける姿に見える。


 ……何故だろう、すごく可愛い。


 全く面識のないはずの少女に向けられたこの感情は、鈴音自身にも説明する事は出来ない。

 けれど無意識のうちに、鈴音の表情は柔らかく優しげに解れていた。

「……なんでこんなに可愛いのかな」

 声に出ていることすら気づいていない鈴音に、水の入ったコップを片手に戻ってきたアリサはどこか嬉しそうに小さく息を吐く。


「鈴音さん、どうかしただろうか?」

「あ⁉︎ いえ!なんでもないです!」

 水の入ったコップを片手に、アリサは横たわる少女の横で腰を下ろす。

 アリサの手にかかる子供を見守るような表情に、歩夢は思わず再び息を呑んだ。


 そしてアリサは盆から手に取ったコップを手に取ると


「朝だぞ、起きろ寝坊助」


 ――――その中身をそのまま少女の顔面にぶっかけた。


「おおおぃ⁉︎ 絶対に水の使い方間違ってるだろ⁉︎」

「タオル! タオル! 保健室のタオルってどこだっけ⁉︎」

思わず最大出力のツッコミを放った歩夢と、タオルを探して駆け回る鈴音。




「――っくち! つ、冷たぁ⁉︎ ……なんでボク、こんなにずぶ濡れなんですか」


 ようやく目を覚ました少女は、くしゃみをして寒そうに身体を震わせた。

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