02. 幼馴染、フィジカルが人間じゃないんだが
「んむ、そろそろ着替え終わった? んむんむ」
着替えが終わったのを見計らってか扉から鈴音が顔を覗かせ、手に持った冷蔵庫にあったカット果物を次々に頬張っていく。
「あの鈴音さん、それ俺の朝ごはんだったんですけど?」
「いーだ」
仕返しと言わんばかりに果物をポイポイ食べる鈴音を見て、歩夢はからかい過ぎたと少しだけ後悔しながら洗面台に顔を向ける。
ワックスを片手に鏡を見ながらうねる寝癖に手をかけるも、極度に硬い髪質なだけあって寝癖がつくと治しづらく非常に面倒臭い。
「将来ハゲはしないけど、固すぎるのも考えものだよな……」
十分ほど掛けてセットした髪型を見て、歩夢はようやく納得の完成度に頷く。
「まぁこんなもんか。土砂崩れレベルが毎朝できるから面倒臭いんだよなぁ」
「そう? 顔面はいくら手入れしても変わるものじゃないし、別に毎朝拘らなくてもいいと思うけど」
「やかましいわ誰の顔面が土砂崩れレベルだよ。俺がしてるのは髪の話な。いつ彼女が出来てもいいように身支度とかはきちんとしなきゃダメだろ?」
キリッと髪型をキメた歩夢の回答に、鈴音は頬付いてため息を吐く。
「ここまでアホを貫かれるとツッコミする気も起きないって言うか……ただ欲望に忠実に、彼女を作る事だけを考えて生活する点だけはブレないよね。その忍耐力はもっと別のところで活かせなかった?」
「なんでだよ、いつ運命の相手と対面するかわからないだろ?」
「うわぁ……」
自信げに語る歩夢へ、残念な物を見る視線を向ける鈴音。
だがそれに対し歩夢も「女子高生の軽蔑の視線は人によっては料金が発生する。お得だったかもしれん、やったぜ」と少しの幸福感を得ていた。
「それで、時間的にはそろそろ出発しないと遅刻しちゃうけど……準備は終わったの?」
「ハハハ心配するな、Ms.筋肉。 お陰で準備はバッチリさ」
「粉砕骨折と複雑骨折、どっちが好みかな?」
「よっしゃ早く学校行こうぜ!」
かくして歩夢と鈴音は
道枝高校への通学路の途中。
歩夢と鈴音は桜の花びらの舞う景色に、圧巻の声を漏らしていた。
「改めて意識すると、この花木道も見事なもんだな」
「だね。あたしもなんだか眠くなってきちゃった」
優しく照らす暖かな朝日は街に温もりを与え、陽気に誘われてか鈴音も上機嫌に鼻歌を歌う。
こんないい日には、空から美少女でも降って来ないだろうだろうかと、歩夢が考えていたその瞬間。
「キャー!」
歩夢の耳に届いた小さな悲鳴は、予想外にも上から聞こえた。
眩しい太陽を手で隠し見上げると、日が照らす空に1つ不自然に浮かぶ影。
「あれは……美少女⁉︎」
紛れもない普通の植木鉢だった。
アパートの上階から垂直に落下してくる植木鉢は、吸い込まれるように鈴音の頭上へと加速していく。
その落下先に気がついた歩夢は、全力で少し前を歩く鈴音の背中へと手を伸ばす。
「鈴音っ! 危ない!!」
だがその速度は到底、落下する植木鉢に劣るものであり――――
手が届くより、植木鉢が破裂音を鳴らす方が音を速かった。
「そぉおぃ!」
バク宙の如く体を縦方向に回転させ、遠心力の乗ったノールックの頭上回転の回し蹴り。
鈴音の放ったそれは落下してきた植木鉢を、文字通り木っ端微塵に粉砕した。
そしてばら撒かれた土を頭から被る歩夢を他所に、鈴音は安堵の息を吐く。
「っと……なんだ、植木鉢かぁ」
「植木鉢かぁ……じゃないからな。普通の人間なら死んでるから。横にいる俺、一生レベルのトラウマ埋めつけられてるから」
幼い頃から理由は不明だか、なぜだか鈴音の周囲には不運な事故が多発する。
しかもタフな本人はそれを耐え切ってしまうので、実際に周囲にいた歩夢だけがその実害を受けてきた。
「き、君たち怪我は無い⁉︎ 大丈夫なの⁉︎」
よほど急いで降りてきたのか、おばさんが息を切らしながらアパートから駆けて来る。
慌てようから見るに植木鉢の所有者と悟った鈴音は、にこやかな笑顔でこれに応えた。
「大丈夫ですよ。それより植木鉢、壊しちゃってごめんなさい」
「いいのよそんな事! それより本当に大丈夫なの? 見えないところにも怪我はない?」
「いえいえ、ホントに大丈夫ですから! あたしは無傷ですし、こっちのバカは土を被っただけですから!」
「雄大な大地を感じてます」
何度も頭を下げて謝るおばさんを、「大丈夫ですから」穏やかな笑顔で宥める鈴音。
その横では歩夢が、悟りを開いたような表情で頭から被った土を丁寧に落とす。
「それじゃ、失礼しますね」
「え、えぇ……」
心配そうなおばさんに別れを告げ、2人はまた何も無かった様にまた通学路を進み始めた。
「お前ホント運悪いのな……おじさんから聞いたけどまた事故ったんだろ?」
「あぁそんな事もあったかも。信号無視の車と事故になっちゃって」
「それは大変だったな。その後どうしたんだ?」
「薙ぎ倒したよ」
「そ、そうか……いろいろと災難だったな」
誰が災難だったかは語らずに苦笑いを浮かべる歩夢。
素直に謝っておけば、車を横転される事も無かったであろうに。
すると鈴音は思い出したように手をつき、話を続ける。
「その後、横転した車から怒ったおじさんが出てきてさ。すごい形相で文句つけられたんだよね」
「それは大変だったな。その後どうしたんだ?」
「薙ぎ倒したよ」
歩夢はただ涙した。あぁなんと愚かしいおじさんなんだろうか。
化け物と知りながら向かうそれは、勇敢ではない。蛮勇だ。
更にそのまま鈴音はそのまま話を続ける。
「その後、おじさんを心配した通行人のお兄さんが手当てしに来てさ」
「それは大変だったな。その後どうしたんだ?」
「薙ぎ倒したよ」
もやは災害である。歩夢は隣を歩く存在の罪深さに涙した。
「ってお兄さんが何をしたってんだよ! お前もノリで人を投げてんじゃねぇよ!」
「し、仕方ないでしょ! あたしはてっきり文句をつけにきたおじさんの仲間だと思ってたんだから!」
先から薄々人間扱いをされていない事に気がついた鈴音は、必死の表情でそれを弁明した。
だが論点はそこではない事に気がつかない鈴音を見て、歩夢は幼馴染がどんどん遠い存在(上位存在的な意味で)になって行く現実を悲しみながらも受け入れるのであった。
あぁ水原剣術道場。どんな鍛え方をしたらこんな怪力バケモノが生まれるんだ水原剣術道場。
「ねぇなんで⁉︎ なんで悲しそうな顔をしてあたしを見ないようにするの⁉︎」
「いいんだ……お前はそのままでいいんだよ、鈴音……」
「よくないじゃん! その穏やかな笑い方は絶対によくないじゃん! あたしにこれから何が起こるの⁉︎」
涙目になって首元を掴む鈴音を見て、歩夢は再び穏やかな笑みで少し安心感を覚えた。
(よかった。俺の首がもげないからまだ鈴音は力の調整ができているんだな)
「ねぇその笑いなに⁉︎ あたしそんなに変な事してないでしょ⁉︎ ねぇ!」
先より一層涙目で首元を掴む鈴音。
その力が強くなっていてちょっと苦しくても歩夢は微笑むことを辞めない。
そもそも元来、人間も車もそう簡単に投げ飛ばされていい物では無いはずだ。
例えば人間が投げ飛ばされた場合、空中を舞う、待ち受けるコンクリートに争う術など存在しない。
そう、例えば目の前のこんな風に。
「……え、人?」
鈴音と歩夢の立つ、すぐ目の前の交差点。
そこから人が、飛んできた。
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