04. 未来人とか、フィクションの存在なんだが
初めは寝ぼけた表情だった少女だったが、備品の体操着に着替えてからは不機嫌を隠そうともせずに口を尖らせる。
「起こしてくれた事には感謝してますけど、何も顔面に水をぶっかける事ないじゃないですか!」
プンスカプンスカと効果音が飛び出るくらいに頬を膨らませる少女。
心底呆れを感じたアリサが、腹の底からため息を深いため息を吐く。
「これくらいしないと起きないだろう。それにお前が気絶して運ばれてくるなんて、想定外もいいところだ。これではカモフラージュの意味もない……もう少し、自分の使命に責任を持ってくれ」
「なんですとー⁉︎ ボクが悪いって言うんですか!」
少女がプンスカ両手を動かして反論するも、アリサは面倒そうに片手で払う。
そんな事を何度か繰り返し、取り残された鈴音はポカンと口を開けていた。
「ん、ん! ゴホン!」
いいかげん進展がない事を悟った歩夢は露骨な咳払いを立てる。
するといきなり割り込んだ咳払いが気に食わないのか、少女は不機嫌そうに半目で歩夢の方へ首を向けた。
「……何ですかボクになにか用ですか」
「何でしょうかじゃねぇよ! こっちは道端で倒れてるお前をここまで背負って運んできたんですけど⁉︎」
歩夢のリアクションに少女は、はっと思い出した様子で頭を下げる。
「確かに、歩夢センパイの背中はなかなか心地よかったです。ご馳走様でした」
「ご馳走様でしたって……」
少女の直球すぎる感想に、歩夢は苦笑いで質問を続ける。
「大体、アリサ先生に聞いたけどお前本当はかなり早い段階で起きてたんだろ? ……意識戻ってたのに何で背中で寝てたんだよ?」
質問の意図は、別に責め立てる為じゃない。
結果的に不当な労働だったとしても、歩夢も善意で少女をここまで背負ってきたのだ。
少女を攻める気など毛頭もないが、背中で眠りこけていた理由は聞いておきたい。
「理由……ですか」
少し考え込む仕草を見せた後、少女は穏やかにニコリと笑ってみせる。
「シンプルに眠かったからです。あんな心地良いおんぶをする歩夢センパイにも罪はあるとおもうのです」
「チクショウただのバカだった!」
不当な労働に後悔し項垂れている歩夢を無視し、鈴音はずっと気になっていた事を少女に話しかける。
「それで、あなたは何で気絶する羽目になったの?」
アリサに出会ってから触そびれていたが、鈴音の疑問は当然のものであった。
街角から『おっと角から美少女が! 』と叫びながら飛び出し顔面から着地してそのまま気絶した後輩とか、おかしくないところを探すほうが難しい。
「それはもちろん、ボクの使命を果たす為です!」
「使命?」
「はい、大事な使命です!」
少女は自信ありげに胸を張るも、あまりピンとこない単語に首を捻る鈴音。
見かねたアリサが何度目かの呆れた表情をみせる。
「そんな端的な情報で伝わる訳ないだろう。まずは自己紹介でもしたらどうだ?」
「ですね!すっかり忘れていたのです!」
少女はニヤリと不敵に笑い、ソファーから立ち上がる。
そしてこれでもかと張った胸に右手を添え、肺いっぱいに息を吸った。
語るのだ、目の前の2人の先輩の眼球が飛び出るほど驚くような。そんなトップシークレットを。
「ボクの名前は水原 リン。道枝高校1年2組の15歳! そして何より――――今から25年後の未来から来た、水原 鈴音の娘なのです!」
「「……はい?」」
ぽかん、と文字通りの効果音が保健室内の中を占拠した。
歩夢は苦笑いを浮かべながら半目で、鈴音は意味を理解できずに固まったまま、少女――リンの自慢気な顔を凝視する。
「えっと……未来人って言うと、未来からタイムマシンでビューンって来たのか?」
「それ以外に何があるというんですか」
真顔で返すリン。
「なるほど」と呟いた歩夢は掌をスッとリンに向けて、静かに立ち上がる。
歩夢は悟ったのだ――――「あ、これ巻き込まれたら面倒臭いやつだ」と。
「うわーすげぇびっくりしたぜ。未来人と話したなんてホント光栄だなうん、いいと思うよ。じゃ俺はこれで」
何食わぬ顔で歩夢は、そのまま保健室の扉へとスタスタ移動する。
――――だがそれも、がっちりと腕を掴む鈴音によって歩夢の足は止められた。
「あれあれ? 鈴音さんこの腕は何かな? 俺はただ、リンが無事そうだったから教室に戻るだけだよ?」
「歩夢ってば心配性だなぁ。そんなに慌てなくても1限は始まらないから大丈夫! それより未来人と話せるなんて貴重な体験なんだから、もう少し一緒に話を聞いていかない?」
一見、笑みを溢しながら視線を交わし合う歩夢と鈴音。
だが絶対に離そうとしない、鈴音の腕への力の込め具合。
それを振り解き、全力で出口を目指す歩夢の姿勢が全てを物語る。
「おぉぉいさっさ掴んだ腕を放せ! 話聞いてただろ! せっかく未来から娘が会いに来てくれたらしいぞ感動の再会を果たしてろよ! 俺は教室に帰るから!」
「いやいや未来人となんてそう話せないよ? あたしはこの貴重な体験をぜひ幼馴染と分かち合いたいなぁ!」
ブンブン必死で足を振り回すも当然力で鈴音に敵うはずもなく、掴んだ腕は離れない。
(コイツ! 絶対逃げられない様に本気で握り締めてやがる!)
鈴音に握られる部分が徐々にミシミシと悲鳴を上げる。
「俺は彼女づくりで忙しいんだ! こんな所にいて理解不能な自称未来人マンに絡まれてる暇なんてないんだよ!」
「いやいや本当に未来人かもしれないじゃなん? 一緒にもう少し話を聞いていこうよ、道枝高校2年4組18番、携帯番号0$0ー4273ー3*49の信乃方 歩夢くん!」
「お前ぇええ! 逃げられない様に俺の個人情報を開示するのはやめろ! 俺を逃がさない為だけに人として大切な何かを捨てるな!」
鈴音は余裕な表情を浮かべつつも、内心引き留める理由が思いつかず握る腕に力を込める。
一方の歩夢も鈴音につかまれた腕に限界が迫り、いよいよ余裕がなくなってきた。
「ちくしょうさっさと手を離せ! 俺は今すぐ未来の彼女を探しに行くんだよ!」
「歩夢を待ってる女子なんている訳ないでしょ! あんたが諦めるのが先か、それとも腕が折れるか先かどっちかな!」
「ちょっと待て! その選択肢だと俺が助かる未来が無い!」
歩夢が骨折を診てくれるいい病院について考え始めていた頃、アリサが申し訳なさそうに口を開いた。
「歩夢くん、鈴音さんもどうか落ち着いてほしい。リンが言っている事が全く信じられないのは無理もない……だがこの話は全て事実で、実のところ私自身も未来人なんだ」
「……はい?」
投げかけられた突拍子もない言葉に、歩夢は思わず胡乱な目で返す。
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