12. 作戦会議は、ラブコメの始まりなんだが

 月明かりの際立つ夜。


 風通りの良い和風な自室で、鈴音は風呂上がりの夜風を楽しんでいた。

 薄暗い室内の卓上、スマホが一件の通知で灯る。


 [明日は早速、最初の作戦を実行するのです! ]


 文面なのに騒がしい差出人は、鈴音の後輩(実の娘)(未来人)だった。

 [……作戦って、具体的に何をするの?]


 返信を打ってからジワリと恥ずかしさが湧いてきて、鈴音は顔を少し赤く染まる。

 そして一人きりの自室でキョロキョロと周りを見渡して、


 [……もうちょっとだけ、先にしない?]

 鈴音とて、リン達から頼まれた自分の使命はわかっている。


 歩夢ともっと親密になり、異性として意識させる事。そしていずれ……結ばれること。

 そして、それが未来を守る為にどれほど重要なことかも理解はしていた。理解はしていたが……。


「それとこれとは別問題だもん……」

 そんな鈴音を叱責する様に、激しくスマホの着信欄が荒ぶる。


 小さな子猫のイラストが『バカにゃの⁉︎ 』と荒ぶるスタンプと一緒に、再び騒がしい文章が届いた。

 [何を言ってるんですか! 明日は日曜日! 『ママとセンパイをイチャイチャさせる作戦Ver1』の決行日に最適じゃないですか!]


 顔にのぼせる熱を必死に風呂上がりのせいにしながら、鈴音は手でパタパタと顔を仰ぐ。

 その後に少しばかり震える指先で、リンへの返信を打ち込んだ。


 [その作戦名……今からでも変えない?]

 通知欄に現れた、今度は呆れ顔の子猫のスタンプ。


 [名称などどうでもいいのです! とにかく、センパイとママをカップルにするミッションの第一歩を始めるのです!]

 [カップルって……横にあたしが居るのにあれだけ彼女が欲しいって言っている辺り、そもそも歩夢はあたしの事を異性として意識すらしてないと思うんだけど……]


 絶望的すぎる現状に、鈴音は自嘲的に苦笑いを浮かべた。 

 家族レベルの幼馴染であり、ほぼ毎日家に通っているのに未だ全く進展がない。


 それどころか歩夢本人は、彼女が欲しいと宣う始末。 

 察しの悪すぎる歩夢と押しの弱すぎる自分に、鈴音は徐々に呆れすら覚え始めていた。


 軽快な音と共に、再びスマホの新着メッセージが光る。

 [センパイがママを異性として意識しない理由……ボクはその正体を、庇護欲が湧かないだと思っています]

 [な、なるほど?]


 言われてみて、鈴音はふと自分に照らし合わせて考える。

 すると確かに歩夢に弱みを見せた記憶は無く、今朝に至っては歩夢ごとベットから投げ飛ばしたことを思い出した。

 更に幼い頃から交通事故は両手で数えきれず、今朝の植木鉢落下のような事も日常茶飯事。


 歩夢の目に映る鈴音の姿は、むしろ不幸体質を撃退する凛々しい姿が遥かに多かった。

 [確かにあたし、歩夢に弱った姿なんて見せた事ないかも……]


 男という生き物は自分よりか弱く脆い相手を守りたくなる物だ。と、どこかの本で読んだ情報が鈴音の脳裏を過ぎる。

 男女平等を歌うこの時代でも、演出としてドラマや小説でもこの描写は多い。庇護欲という母性本能に近い欲求に干渉するため、感情の起伏に有効な為である。


 そして当の鈴音も、何かしらの脅威から自分が歩夢に守ってもらう姿を想像して見る。だが、その頼りなさに鈴音は引きつった笑みを浮かべた。


 [実際、歩夢に助けてもらうよりも自衛した方が安全な気がするんだけど]

 [そこに関しては、センパイが意識しづらいのも仕方ないのかもしれません。既にママの筋肉は、男性は疎かゴリラにも劣らない。いや既にゴリラそのものですから]

 [フィジカルばっかりは……待って、今なんて? ]


 送信直後、直ぐにリンから子猫が『ニャンでもない!』と焦るスタンプが飛んでくる。

 その後、直ぐに誤魔化すように新着メッセージが飛んできた。


 [明日の作戦は名付けて、『ママは弱いって見せつけるぞ作戦』です! とにかく徹底して弱みを見せて、ママがか弱い女の子である事をセンパイに見せつけましょう!]

 [な、なんだか急にすごくやる気が湧いてきたわ!]


 想像よりずっと具体的な改善点が見つかり、鈴音も少しテンションが上がったまま返信する。

 一瞬で既読の文字が浮かび、『うんうん!』と猫の頷くスタンプ。間髪入れずに『そ・れ・か・ら!』と教授帽子を被った猫のスタンプ。


 [マメな作戦会議は重要です! 作戦会議の時は、合図にボクが服の端をヒラヒラさせます。そしたらトイレに集合です!]

 ドキドキしつつ鈴音も『了解!』と書かれたカエルのスタンプで返す。


 [これからの関係を左右する、重要な初ミッションです! 絶対に成功しましょう! おぉー!]


 すっかり忘れていた羞恥心を思い出し、鈴音は再び不自然に周囲を見ながらパタパタと手で仰ぐ。

 そして熱の篭ったスマホを手に握って、


「お、おぉー!」


 自分に喝を入れるため、鈴音は真っ赤な顔で小さく右手を上げた。

 日曜日の事を考えると、こんなにもドキドキする。慣れない色恋が、こんなにも恥ずかしい。


 けれど、紛れもない第一歩夢。


「……がんばらなきゃ」


 こうして水原鈴音の初となるミッションは、自室で静かに幕を開けた。

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