11. 自宅とか、やりたい放題なんだが

「ただいまぁ〜。オカエリッ!」

 歩夢の帰宅の挨拶と、また同時に歩夢自身の甲高い返事が玄関で響く。


 だがこれは、決して歩夢の気が触れてしまった訳ではない。

 これは彼女が出来た時のシュミレーションであり、いわば歩夢の日課なのだ。

 ……やっぱり、もしかしたら気が触れているかもしれない。


「うん。あの手刀で気絶してから、やっぱり身体が軽くなったよな」

 荷物を床に放りながら、改めてアリサの謎技術の凄さを体感した。


 世のカップルの男共を疲労から救う為に、どうにかやり方を教えて貰えないものかと邪念を抱く。

 私怨たっぷりな思いやりに耽りつつ、歩夢は未だ痙攣する脹脛を優しく摩る。

「上半身が軽いうちに、さっさと飯でも先に作っちゃうか」


 歩夢がモテる為に始めた趣味の全ては三日坊主で終わっていったが、料理だけは例外的に続いていた。

 一人暮らしで実用的な上、細かな作業で何かを作り上げる事が歩夢の嗜好にも会っていた為である。


 繰り返す内にどんどん内容も凝っていき、今では鈴音も悔しげに舌鼓を打つほどの腕前である。

「さて、食材は何があったかなと――――」


 歩夢が小慣れた手つきで冷蔵庫を覗くと、中にはジャガイモとニンジン。それから玉ねぎ。

 悩ましそうに歩夢は顎に手を添え、材料と気分から今日のメニューを考える。

「ふぅむコンソメ炒め、いやビーフシチュー、いっそのこと軽めに鍋という手も……」


 ブツブツと呟きながら、歩夢は狭めのキッチンでエプロンを身につける。

 具材からして肉じゃがもアリだが、明日は折角の休日。

 どうせならやはり、少し手の込んだ料理も作ってみたいと頭を捻る。


「……となると、カレーだな」

 歩夢はここ最近、幾つかのスパイスを違う組み合わせでカレーを作る事にハマっており、今日もそれを作る事にした。

 見上げた収納棚を開き、整理された小箱の中から数種類のスパイスを取り出す。


 収納棚を含め、歩夢の家は鈴音に整理されているおかげで清潔な状態を保たれている。

 もし仮に鈴音が掃除に来なかった場合、キッチンは料理どころではない惨状になるのは想像するまでも無い。


 カレーの調理は順調に進み、いよいよ味見を始めるその時、


 ――――ピンポーン。


 タイミングの悪さに、歩夢は眉を顰めて玄関の方向を軽く睨む。

 帰宅後の料理を阻止する、この時間のチャイムには思い当たりがあった。


 だいたい新聞の勧誘か、はたまた近所にできた英語教室の勧誘だ。

 いつも通り適当に遇らおうと、玄関に向かう。


「はいはーい、俺の彼女候補じゃなかったらお帰り願い……たいんです……けど」

 だがそこにいたのは新聞勧誘でもなく、陽気な日本語を話す外国人でもなかった。


 そこに立っていたのは紛れもない歩夢の知り合い。正確には、今日見知った顔が二つ。


「あ、どーもどーも! 隣に越してきた者なのですが、ってあれあれ! 良く知ってるセンパイじゃないですかー!」

「こんばんは歩夢くん、先程はすまなかった。自信はあったが、無事に目覚めたみたいで安心したぞ」


 扉先にいたのは、わざとらしくアホ毛を動かす大根演技の後輩(未来人)。

 それから、手刀が出来るオッパ……擁護教諭の先生(未来人)だった。

「……何でここにいるんだよ」


 歩夢が胡乱な目を向けると、リンは心外そうに頬を膨らませる。

「何でここにいるのかって、それはこっちのセリフですよ! こっちは隣の部屋の方に挨拶に来ただけですから」


「私達がこの時代の拠点として選んだアパートが、たまたま歩夢くんの隣の部屋だったんだ。まぁこれから良き隣人としてよろしく頼むよ」

 リンに捕捉する様にアリサは言葉を付け足した。


 ちなみに当然、これらは嘘である。少しでも鈴音が歩夢と接点を持てるよう、リンとアリサはしっかりと調べた上でこの部屋を拠点に決めた。

「まぁそういう事なら……」


 歩夢は未だ訝しさを感じつつ納得すると、リンはポケットから何やらゴソゴソと物を取り出す。

「こちら、つまらない物ですが」

「あ、ご丁寧にどうも」

 丁寧に頭を下げたリンから、歩夢にペットボトルのキャップ(2個)が手渡される。


「それじゃお邪魔します」

「待て本当につまらない物を押しつけるな、勝手にお邪魔するな」


 この後リンにカレーが見つかった歩夢は、2人に夕飯をご馳走する羽目になった。土日分のカレーは消滅した。

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