10. 幼馴染が、妙に嬉しそうなんだが

「……保健室?」

 ようやく意識を取り戻した歩夢は、ベッドで目を覚ました。

 ボーッとする頭で状況を思い出そうと、懸命に頭を捻る。


 そして今朝から起こった衝撃展開の数々を思い出した。

「そうだ! 俺はリン達が未来から来た理由を聞こうとして、それで……あのヤロー」

 気絶寸前に見たリンがペロリと舌を出した姿が脳裏を過ぎ、より一層腹が立つ。

 布団を返して上体を起こし、窓の方をふと覗く。


 すると空はすっかり浅黄色へと変わり、夕方になっていた。

 怪訝に思いつつ、丁寧に揃えられた靴に手を伸ばす。

「……マジか。何時間寝てたんだよ俺」


 スリッパ履きで潰れた踵を返しながら足を入れていると、突然シャっと目の前のカーテンが開かれる。

 自分以外に人がいた事に驚きつつ歩夢が見上げると、そこには鈴音が立っていた。

「え、待っててくれたのか?」

 歩夢の問いに対し、鈴音は顔を複雑な表情で顔を逸らす。


 鈴音は学校が終わってからすぐ、道場で剣道の修練がある。そのため放課後に友達とマックに行ったりする歩夢とは時間が合わず、下校時は各々で帰っていたのだ。

 歩夢の質問に答えることなく、鈴音は再びどこか複雑な表情で歩夢に聞き返す。


「……もう身体の方は大丈夫なの? アリサ先生は特に問題は無いって言ってたけど」

 肩や腰をグルグルと回し、歩夢はハッと衝撃を受ける。 


 アリサ先生の手刀前と比べて、体が遥かに軽かった。

 以前から少し感じていた肩の重さや腰の違和感、更に足の筋肉痛すら綺麗さっぱり解消されている。


 打たれたのは首なのに、どういうメカニズムなんだろうかと歩夢は首を捻る。

「マジで何者なんだ、あの先生」

 アリサ先生の謎技術に心から感心しながら、歩夢は掛けてあった上着を羽織る。


 その後は歩夢が軽い身体でベッドをそそくさと整頓し、鈴音はそれをただジッとそれを見ていた。

「……ねぇ歩夢、あたしがリン達となんの話をしてたのか聞かないの?」


 不思議そうに聞いた鈴音に、歩夢は顔も向けずにベットの整理を続ける。

「別に聞かねぇよ。聞いちゃいけないから気絶させられたんだろ? なら掘り返しても意味ないだろうし聞いたらダメだろ」

「そ、そっか……それもそうだね」


 予想外に落ち込んだ反応に驚き歩夢が振り返ると、鈴音はどこか寂しげな表情を浮かべていた。

「あー……なんだ、その」

 気まずい状況に、思わず歩夢は口ごもる。


 仕方がない事とはいえ、自分のせいで気絶までさせられた事に負い目を感じているのだろう。

 確かに歩夢も思うところは少しはあったが、未来人側の事情であるなら仕方がない。そういう物だと納得していた。


 本物の未来人と知り合えた上に身体も何だか軽くなってラッキー程度に考えていた為、歩夢に対して申し訳無さで気を落とす。

 鈴音を見ていると、むしろ軽い罪悪感が湧いてる。

「ま、それでも俺は今のところ、リンとアリサ先生のミッションに協力するつもりだ」

「……え? 協力してくれるの?」


 歩夢がサラリと言った言葉が、鈴音にとっては驚愕だった。

 鈴音の暗い顔が晴れたことに安堵を覚えながら、歩夢は使用したベットの整理を終える。


 そして歩夢は鈴音の顔を見て、素直に未来人に対する思いを語った。


「とんでもない初対面だったけど、俺はリンの事が嫌いじゃない。もちろんアリサ先生もだ。何せ、普通に生きてたらタイムマシンに乗るとか絶対に体験する機会ないだろ? いつか彼女が出来た時に話す持ちネタとして取っとく事にする」


 特異点の内容を知る事が出来ないとしても、未来人の協力者として良き隣人であろう。と、歩夢はそう決めた。

 何より未来人という非現実に触れられたことを、交友関係を持てたことを心から嬉しく思った。


 すると、歩夢の語り草を聞いた鈴音はどこか満足げな表情を浮かべて、

「いつか彼女が出来た時、か……。そうだね、その時はちゃんと隅まで話してあげてよ。きっと、その子もとても喜んでくれると思うから」

「お、おう? まぁ信じてくれるかは別問題だけどな」

 歩夢を正面に見据えたまま鈴音はどこか嬉しそうに、少し恥ずかしそうにくしゃりと笑ってみせた。


 未来の彼女を話題に出すと即否定する鈴音が賛同する事に、歩夢は気恥ずかしさを覚えつつ照れ隠しに話題を逸らす。

「そういえばお前、ずっと俺が目覚めるのを待っててくれた訳?」

「そりゃまぁね? リンは用事があるって帰っちゃったし、アリサ先生は会議だし。あたしが帰ったら誰もいなくなるでしょ?」


「そいつはどうも。あ、……そうだ思い出したわ。鈴音に言っとかなきゃいけない事があるんだ」

 歩夢の言葉を聞いて、帰ろうと扉に手を掛けていた鈴音が振り返る。


「どうしたの? どうせ下校路も同じなんだから、話なら下校しながらでも聞くよ?」

「うーん、いやな? 剣道で忙しいから仕方がないのかもしれないけど、鈴音も高校生になったんだ」


 至って真剣な表情の歩夢はカッと目を見開いた後、重々しく口を開いた。

「流石にそろそろ、無地の白パンはやめておいた方がいいと思う。Jkにしては色気が全然足りないし、もっとこうランジェリーとか」


 この直後に歩夢は、武道経験者のローキックはとても膝に響く事を知る。

 そしてここが保健室である事に心から感謝しながら、歩夢は自身の脹脛に包帯を巻いた。

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