08. ラノベ展開とか、燃えてくるんだが

「はい。未来を守る為に――――センパイとママの力を貸してください」

 リンの言葉は、静かながらも保健室に響いた。

 信乃方歩夢は考える。こんなラノベみたいなイベントが現実に存在するのかと。

 登校中に謎の少女とぶつかり、保健室には謎の美人なお姉さん。2人の正体は未来人。

 しかも少女は幼馴染の娘でタイムマシンを作り上げた天才物理学者。

 その上、未来の問題を解決するために力を貸してほしいと来た。

 思い出すほど怒涛の展開に、まるでラノベの主人公じゃないか、と歩夢は思わず顔を引き攣らせる。

(……だが、それでいい。それがいい)

 何かを待ち侘びていた口端が、大きく上がる。閉じた目の奥で、何かが燃える。

 震える身体に連なる様に、歩夢の口から訥々と無意識の言葉が溢れる。


「……未来人、それから特異点」


 数年前から歩夢の中で飽和していた――――退屈。

 人生を賭けてまで彼女を欲する理由は、これを脱する為にある。

 何気なく目にしていた、何かに燃え、苦悩し、掴み取る創作の中の主人公たち。

 彼らに魅せられていたある日、ふと彼らと鏡に映る自分を比較した。

(…………俺は、主人公になれるんだろうか)

 そしてどこまでも、妄想的で深い虚無感に溺れた。

 必死にどこまでも彼らの物語を読み漁る。

 観察する。考察する。誇り高い彼らの背姿を、どこまでも。彼らと自分の違いを、徹底的に。

 そして、思春期に浸された頭で結論を出した。

(非日常に環境が変われば、……彼女が出来れば、この退屈から抜け出せるのかもしれない)

 将来きっと羞恥に悶えるのだろう。憐憫の視線を浴びるのだろう。

 それでも、この退屈が壊れるなら――――

 その日から信乃方歩夢の彼女狂いは始まった。


「ああ、任せとけ!」

 歩夢のリンへの返事は冷静を装っていたが、熱量は隠し切れるものでは無かった。

 未来人というフィション、絶対的までの非現実。

 望んだ環境の変化の紛れもない最高峰に、歩夢が飛びつかない理由など無い。

「もちろんあたしも! 出来る限り頑張るから!」

 燃えるような歩夢の熱量を浴びて、鈴音もまた目を輝かせる。

 自分の娘に協力してくれるのは嬉しかった。

 だが、それよりも歩夢のこれほどに嬉しそうな顔を見たのは初めてだった。

 歩夢の熱気的な返事に、リンも緊張が解けたようにはにかんだ。

「……よかった、本当に」

 だが中でも安堵の表情を浮かべていたのは、他でもないアリサ。

 想定外の連発に事情の説明、対象の説得及び協力要請。

 手の掛かる天才に振り回される苦労人は、安堵と苦労の息を深々と吐いた。

 そして気を抜く事無く「ゴホン」と咳払いを入れ、自身と場を粛々と整える。

「それでは改めて鈴音さん、歩夢くん。特異点解決の協力承諾を心から感謝する。……まず特異点の詳細について説明しよう」

「今回ボク達が観測した特異点、その詳細は……」

 リンが真剣な眼差しで語り始めると歩夢はゴクリと喉元を鳴らし、鈴音も額に汗が流れる。

 重大すぎるミッションの内容発表に、保健室内は緊張で包まれた。

「――――はい、詳しくはwebで! この先の事はセンパイは聞いちゃいけないヤツですから! さぁアリサ、サクッとやっちゃってください☆」

 リンは突然クシャリと表情を崩すと、ハイテンションでウインクした。

「……はぁ⁉︎」

 リンからの唐突すぎる御預けに、歩夢は思わず素っ頓狂な声を上げる。

 次の瞬間の事だった。

 ――――トン。と軽い感覚が首筋に響く。

 脊髄というより、脳を直接揺るがす不純な感覚。

 その正体は、アリサが歩夢の首元に打ち入れた手刀。即ち当て身だった。

「すまない歩夢くん。君には……聞かせられないんだ」

「え……?」

 歩夢の意識を、眠気が高速で黒く染め上げてゆく。

 身体はすぐに支えきれなくなり、スローモーションで床が迫って来た。

 すると急激に角度が変わったからか、ヒラリとスカートが舞い上がる。

(……あ、アレは⁉︎ くそッ! ギリギリ見えない……っ! )

 手を前に出せば、間違いなく顔面を守ることが出来る。

 だがこのまま倒れ込めば、幻想郷を一瞬でも垣間見えることが出来る。

 歩夢は手放しつつある意識を中、最高速度で速度で演算した後――

「……あ、白」

 歩夢の顔面は、盛大に地面と衝突した。

「ちょ、ちょっと⁉︎ 何やってるんですかアリサ先生⁉︎」

 鈴音が、隣で轢かれた蛙の様に痙攣する歩夢を見て声を荒げる。

 それに対しアリサは申し訳なさそうに苦笑いし、リンは不満げに唇を尖らせた。 

「さっきボクが、センパイに聞かれると厄介な事があるので寝てもらいますって言ったじゃないですか」  

「だからって、こんな乱暴に気絶させなくても……」

 鈴音の中でどこか小さく不満が積もる。

 ついさっき歩夢自身も、特異点解決へ力を貸すと目を輝かせていたばかりだというのに。

「協力させておいて何も聞かせられないなんて、流石に……可哀想じゃ……無いですか……?」

 初めこそ勢いよく話していた鈴音だったが、徐々に違和感に気がつき訥々とした口調に変わる。 

 ――――そもそも、なぜ歩夢が聞くと都合が悪いのか?

 冷静に情報を整理した途端、鈴音から冷や汗が滝の様に溢れ出る。

「もももしかして……観測された特異点は、あたしが原因で発生したって事ですか?」

 顔を引きつらせる鈴音に、アリサはどこかバツが悪そうに頷いた。

「……まぁおおむね鈴音さんの予想通りだ。その特異点の根本的な解決の為に、私たちはこれから鈴音さんに全てを説明しよう」

 気を使い優しく笑うアリサだったが、ショックから固まる鈴音には届いていない。

 しばらく硬直した後、鈴音はようやく現実を受け入れたらしく小さくため息をついた。

 そして意を決した様にリンに問いかける。

「……ち、ちなみに特異点っていうのはどう言った内容で?」

「このまま行くとママが、未来で夫になる人と結婚しなくなります。それどころかお付き合いもしません。それがこの特異点の発生源です」

 身構えていた鈴音に、リンは思いの外キッパリと告げた。

 鈴音は一瞬硬直し、すぐに思い詰めた様に眉を顰める。

「ちょっと待って……それじゃもし、このまま特異点が解決されなかったら、リンは存在しなかった事になるの?」

「その通りですね。もれなくボクが存在しなければタイムマシンは出来ませんし、未来にとんでもない影響が出ると思います」

 えへっ? と舌を出しながら、愛らしくリンがウインクをキメる。

 それとは対照的に、鈴音は話を聞くほどにドンドンと顔が青ざめていった。

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