16. 結局のところ、筋肉が最強なんだが

「なぁ兄ちゃん……俺はどこ見とんねんって聞いてんや!」

「だから別に俺は鈴音しか見てないって…………言ってるだろ」

 言い寄られる歩夢は冷静に対応するもその実、粛々と若干の焦りを感じていた。

 というのも歩夢自身、当然ながらこのチンピラたちにガンなど飛ばしていない。


 チンピラ達は『どこを見ている? 』の言葉通り、視線の先が気に入らないのだろうか? 

 ……いや確かに、さっきから鈴音の胸囲が気になって仕方がないのは事実だが。

 …………どうしても、正直に言わないとダメだろうか? 


「お……おっぱいを見ていた」

「ほんとどこ見とんのやワレぇ⁉︎ なんなんだよお前らはぁ⁉︎」

「へ、変態だ! オープンなタイプの変態だコイツ!」


 意を決して暴露した歩夢に対し、チンピラたちは普通にドン引いていた。

「何でだよ! どこ見てんだよって聞いたのはお前らだろうがチクショウ!」


「くそぉ調子狂うわぁ……金が貰えるからってこんな怪しい取引、乗るんじゃなかった……」

「だが受け取っちまった分は仕方がねぇ! おい兄弟、適当に吹っ掛けて帰っぞ!」

 苦虫を噛んだような表情を浮かべるスキンヘッドに対し、モヒカンは喝を入れる様に声を張る。


「おい女ぁ! この兄ちゃんじゃ話にならねぇから、お前から俺たちに詫び入れてもらおうかぁ? ……って熱っちぃ⁉︎」

 スキンヘッドが棒立ちの鈴音に触れると、部分からシュ〜っという音と物凄い湯気が上る。


「あああああたししか見えないって…………確かに今日はちょっと気合いを入れたけど…………」


 鈴音の両目はアニメの様に渦巻き、高速でグルグルと目を回していた。

 もちろん小さく超高速の呟きは誰も聞き取る事ができず、さながらオーバーヒートしたロボットの様だ。


「な、なんだコイツ⁉︎ ダメだ兄貴、この女たぶん声が届いてねぇ!」

「諦めんなよ兄弟! そっちの女の方がまだ、このオッパイ男より対話が出来る可能性がある!」

「おい誰がオッパイ男だよ! 例えオッパイの事を差し引きしたとしても俺の方が話通じてるだろ!」


 心外すぎる評価に歩夢が心の底から反論するも、チンピラ達には届いていない。

 フラフラと千鳥足に蹌踉めく鈴音に、モヒカン男が手を伸ばす。


「お、おいお前ぇ! すっげぇ熱だし早過ぎて何言って言ってんのかわかん――――ぱぇ?」

 モヒカン男がドスの効いた声に似合わない、素っ頓狂な声を出す。


 触れられた瞬間、鈴音は大柄なモヒカン男を投げ上げていた。

 地面から2mほど、ふわりと浮いたモヒカンの巨体は自由落下を始める。


「いッッッッってぇ⁉︎」

 地面に叩きつけられ、悲痛な叫びを上げるモヒカン。


 その悲鳴で鈴音もハッと、冷静を取り戻す。

「あ⁉︎ ち、違うのコレは! つい反射的に……じゃなかった、この人が大袈裟に飛び跳ねただけだから!」


 その様子をただ茫然と見ていた歩夢とスキンヘッド。

 のたうち回るモヒカンを見て、スキンヘッドの顔がみるみる青く染まっていった。

「80キロあるアニキを一瞬で……⁉︎ おおお前、何者なんだよぉ……!」

「ち、違うの! あたしはか弱い女の子で……」


 腰を抜かし震え這いずるスキンヘッドを見て、鈴音は激しい焦りを覚えた。

 ……歩夢の庇護欲を煽るはずだったのに! これじゃ、あたしが無双したみたいじゃん! 

 本当に無双していた事実は無視し、必死に挽回を図る鈴音。


「ちょ、ちょっと! 本当にあたしは、ただのか弱い……」

「ふはははっはぁ!! よく聞けこのカス共ぉ!」

  と、そんな鈴音の声を、歩夢はハリのある大きな声で遮った。

 歩夢が見下ろしたモヒカンは痛そうに腰を摩り、スキンヘッドはガタガタと震えている。


「ここにおわすは邪智暴虐にして狂瀾怒濤の代弁者、水原鈴音様だ! 楯突く愚か者どもめ、命が惜しくば無様に逃げ帰れぇえ!」

 歩夢は堂々と胸を張り、悪役面で堂々と宣言した。

 庇護欲の対象からかけ離れた呼称に、鈴音は衝撃のあまりパクパクと口を開け閉めする。


「ひ、ひぃぃぃぃ⁉︎ や、やってられるか! こんなバケモノなんて聞いてないぞ!」

「あんちゃん待ってくれよぉ⁉︎ あんちゃーん!」

 倒れていたモヒカンは背中を摩りながら立ち上がり、怯えた様子で溺れるように走り出す。

 それに気がついたスキンヘッドも、慌てて後に続く。


 こうして野生のモヒカンとスキンヘッドは、涙を流しながら再び野生へと帰っていった。

 さらばチンピラ。これが大自然への循環。歩夢が自然と一体化する喜びを味わっていると、


「えーっと……ボクがトイレに行っている間に何があったのですか?」

 ようやくトイレから帰ってきたリンが、引きつったまま困惑の笑みを浮かべた。

 そろそろ作戦もいいところかと様子を見にきてみれば、硬直したまま動かない鈴音。なぜか誇らしげな歩夢。逃げ帰っていくモヒカンとスキンヘッド。


「本当に何があったんですか……」

 惨状にリンが困惑していると、歩夢は何気ない様子で小さく笑う。


「なーに、鈴音がモヒカンとスキンヘッドをキャッチアンドリリースしてただけだ」

「……ち、違うの……あたしはか弱い女の子なの……」


 天才の頭脳を持ってしても、理解不能の連続でリンは改めて顔を顰めた。

 意味がわからない。あの作戦でどう行動したらこんな惨状になるんだろうか。

 自分もよく『アホの子』や『天災』など大変遺憾な名前で呼ばれることがあったが、それもこの2人からならそれを引き継いでいるのなら納得できる。


 思いのほかこのミッションのゴールが遠いことを実感し、リンは自嘲気味な苦笑いを浮かべるのであった。

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