17. 予定が終わったなら、帰りたいんだが

 モヒカンとの遭遇から15分ほど後。


 ショッピングモールから、そう遠く無いオープンカフェの机で3人は安息の時間を過ごしていた。


 大人ぶってコーヒーを歩夢が注文すると、鈴音とリンはそれぞれカフェラテとオレンジジュースを注文した。

 歩夢は飲み慣れない苦味をなんとか堪えながらも、横で机に突っ伏す鈴音を指差す。


「ところで、さっきから何でコイツはダメージ受けてんの?」

「ママにも色々あるんですよ……センパイはもうちょっと女心を学ぶべきなのです」


 机に突っ伏しながらシクシクと涙を流す鈴音へ、歩夢はそっと視線を移す。

(…………鈴音に女心とか考えた事すらないな)

 死ぬほど彼女が欲しい歩夢は当然、女心についても疎い訳では無いと自認していた。


 だが幼馴染の鈴音に対してそのような遠慮は無く、基本的には双子の妹のように認識している。

 リンからの指摘に少し訝しさを感じつつ、歩夢は適当に励ましの言葉を考えた。 


「何かわからないけど元気出せよ鈴音。ほら、お前にはどんな壁でもぶち破る無敵の筋肉がついてるじゃないか」

「違うもん……あたし、か弱い女の子だもん……」

 と、伏せた顔をあげて鈴音は唇を尖らせてみる。


「寝言は寝てから言ってくれ。お前でか弱いなら、俺は食物連鎖で雑草より弱い」

 返すように歩夢は、苦味を我慢しながらコーヒーを流し込んだ。


「ったく、もう用が済んだなら俺は帰るぞ? これでも俺だって休日は忙しいんだからな」

「ボクとしてはまだまだ街を案内してほしいんですが……センパイはなにか用事であるんですか?」


 リンが小首を傾げると、歩夢は得意げに目を細める。

「折角の休日だしな、彼女作りに勤しむんだよ。まずは映画館でナンパ、その後は図書館でナンパで最後は公園でナンパ と……おいなんだそのスマホは。その110から指を離せ!」

 死んだ目で見つめる鈴音の指を、歩夢はどうにかスマホから引き剥がした。


(……駆け付けた警察官の死んだ目は2度とごめんだ)

 苦渋の決断を迫られた歩夢は、力なさげにお洒落な椅子へ体を預ける。


「わーったよ。別に急ぎの要事も無いし、買い物でもなんでも付き合ってやるよ」

「やりました!」

 嬉しそうにガッツポーズするリンを他所に、拗ねた鈴音が歩夢のコーヒーの付け合わせのチョコを勝手にポイポイと口に運ぶ。


「あたしは本屋に行きたいかも。千秋紫央の新作小説の中巻が出たらしいから」

「おい流れる様に人のチョコ食うなよ。……確か千秋紫央って、たしか賞の名前とかにもなってる有名な文豪名家の次期当主だろ? お前がそんな難しい小説読むとか意外だな」


 歩夢にとって本と鈴音は対局的に位置し、暇があれば筋トレでもしてるのかと思っていたが意外とそうでも無いらしい。


「軽いミステリーみたいな物だけど、別に難しい内容じゃないわよ? 先週に気まぐれで上巻を買ってみたんだけど、結構わかりやすいし展開も面白いし。新作の上巻でハマってから過去作も読み進めてるわ」

 なぜか少し自慢げに人差し指を揺らす鈴音。

 元々あまり読書好きではない鈴音にここまで言わせるとは、歩夢としても非常に気になった。


「ちなみに、なんてタイトルの本なんだ?」

「『暴食で暴行』ってやつなんだけど……」

「『暴食で暴行』⁉︎ ママが欲しい最新刊って『暴食で暴行』なのですか⁉︎」

 と、突如興奮した様子でリンが立ち上がる。


「リンも知ってるって事は、未来でもかなり有名な本なのか?」

「有名どころか超大作も超大作ですよ! ボクも未来で読んでから、ずっと大好きな本です!」


 鼻息を噴かすリンが、グイッと前屈みで顔を近づける。

 迫力に驚きながらも、歩夢は正面からリンを席に押し返す。

「お、おう。そこまで言われると結構気になってくるな。ちなみにリンはどんなシーンが好きなんだ?」


 ひとしきり頭を抱えて悩んだリンは、パッと人差し指を立てた。

「ボクはやっぱり、中巻で出てくるナンシーが犯人ってわかるシーンですね! 下巻で展開されるチーズナンを使った華麗な殺人トリックは、ボクも思わず本の前で拍手をしちゃったくらいです」

「なんでチーズナンなんだよ!」

 殺人トリックのネタバレと推理小説とは思えない単語の連発に、歩夢は思わずコーヒーを吹き出しそうになるもどうにか我慢する。


「う、嘘でしょ……」

 と思えば、横でカフェラテを口に運んでいた鈴音が再び机に崩れ落ちた。


「まだ読んでない犯人登場の中巻どころか、発売もしてない下巻のネタバレまで……祖父の遺産のチーズナン、そんな悲惨な運命を辿るなんて……」

「祖父の遺産のチーズナンってなんなんだよ」

 むしろチーズナンが使われる殺人トリックが、どうやって歴史的名作に食い込むのか歩には少し興味が沸いてきていた。

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