18. 一歳差でも、鈴音は母親なんだが
リンは熱がまだまだ治らず、更に前屈みで説明を続ける。
「後はやっぱりラストシーンですね! すべてが明らかになった後、泣きながらナンをつくるクリットルおじさんのセリフがなんとも……」
そこでピタリと、リンの声は止まった。
「えっと……お姉さん、ボクに何か用でしょうか?」
よく見ると、1人の女子がリンの腕を掴んでいた。
黒を基調としたブラウスが、膝下まで伸びる綺麗な黒髪によく似合う。
背丈は歩夢より少し小さく、黒く大きな宝石のような瞳が瞬いた。
妖艶なまでに整った顔の彼女の頬に、一筋の汗が流れ落ちる。
「あなた……なんて言ったの?」
「……はい?」
訳がわからず混乱するリンに、彼女は淡々と続ける。
「さっき確かにあなたは言ったわ。この私に限って、この内容を聴き間違える訳がないもの」
「何の事か覚えは無いですが、ボクが何か気を悪くすることを言ってたなら謝ります。とにかく、この腕を離してもらえませんか? ……ちょっと痛いです」
リンは痛みで少し顔を顰めるも、彼女は掴む腕を離さない。
むしろ握る力は更にどんどんと強くなった。
「あなたがさっき話していた内容ついて……私に詳しく聞かせなさい! あなたは、どこでその情報を手に入れたの? 誰から? いつ? どうやって⁉︎」
女子は鬼気迫る声色で、リンを掴んだ腕を乱暴に引き寄せる。
整った顔ながら冷たい目はどこか淀み濁り、リンに対しての気遣いなど欠片も見当たらない。
「い、痛いです! 離してください! いったい何の話をしてるんですか! ボクには何も心当たりも無いですよ!」
涙点に涙を溜めて泣き出してしまいそうなリンを見て、歩夢は慌てて席から飛び出した。
「お、おい! とにかく、その手を――」
そう歩夢が言い切る前に女子はハラりと、リンを掴む手を離した。――――いや、離さざるを得なかった。
「いい加減にして。こんな状態じゃ話せるモノも話せないでしょ。それに……どんな事情があろうと、この子を傷つけるならあたしは黙って無いから」
間に割り込む様に鈴音が身体を挟み入れ、伏せた目で睨みつける。
その顔はただの女子高生などでなく、間違いなく子を守る母の顔だった。
「…………そうね、ごめんなさい。こちらの事を語らずに少し焦りすぎてしまったわ」
意外にも彼女は素直に謝罪を述べ、リンに対しても丁寧に頭を下げる。
この機を逃すまいと立ち上がった歩夢は、殺伐とした空気を変えるためとにかく会話を繋げる。
「まぁまぁ折角カフェにいるんだし、お姉さんの事情も聞かせてくださいよ。ちなみに俺は信乃方歩夢。彼女募集中の16歳でナイスガイどうぞよろしく! ……っていうかお姉さん、彼氏います?」
険しい表情ばかりで分かりづらかったが、大人びた魅力を持つ彼女はまさに美少女といえる。
当然ながら歩夢が狙っていないわけもなく、先手必勝で自己紹介を打ち放したのだ。
歩夢の自己紹介を聞いた彼女は、どこか不思議そうに頭を捻る。
「……信乃方 歩夢? どこかで聞いた覚えがある名前な気がするわ」
「マジですか⁉︎ 運命キタァァア! ウェルカム、これから広がる俺の輝かしい青い春!」
絶賛テンションブチ上がり中の歩夢。呆れた視線を送る鈴音とリン。
冷たい目をした彼女はニコリと、僅かに口端を上げた。
「あぁごめんなさい。信乃方くん……と言ったかしら? 雑草にも負けそうな貴方が、私と恋人とになんて夢物語を言い出すものだから思わず苦笑がにじみ出てしまっただけよ。だから決してあなたをバカにしている訳では無いと、理解してくれると嬉しいのだけれど」
「ちょっと待ってくれ、今の言葉の中で俺をバカにしてない所あったか?」
人によっては泣き始めるレベルの毒をサラリと吐いた女子は、悪びれる様子も無くコーヒーに口を着ける。
もしかしなくても彼女にかなり嫌われているのかもしれないと悟った歩夢は、静かに頭を悩ませる。
(……いや、めちゃくちゃ美人なドSの彼女はむしろアリか?)
考え込む歩夢を無視し、彼女は鈴音とリンの方へ体を向けた。
「その子に話を聞きたいのは私なのだし、改めてまずは私から自己紹介をしましょうか」
と歩夢の自己紹介は軽く無かった事され、女子は先と違い透明感のある笑顔を浮かべて見せた。
「私の名前は千秋 詩織。17歳の高校3年生で、趣味は読書。ジャンルは特に問わず、純文学もファンタジーもSFもライトノベルだって大好きよ。小説のすべてを愛してると言ってもいいわ。……だからこそ、恥ずかしい事に小説の事が絡むとあまりに熱中して周囲の事が見えなくなる悪癖があるの。特にさっきは小説の話だけで無く、更に気になったことも聞こえてしまって……本当に申し訳ないことをしたわ」
そう言って再びリンと鈴音に深々と頭を下げる、彼女もとい千秋詩織。
すると鈴音は、先まで殺気立った警戒はどこへやら、柔らかな声で返事を返した。
「別にあたしも、リンと話をするなって言いたい訳じゃないんです。たださっきのは強引な手段が許せなかっただけで……でも、そこまで熱中するなんて、本当に小説が大好きなんですね」
母親のように優しく微笑む鈴音を見て、少し恥ずかし気に詩織は顔を掻いた。
(…………待て、誰だこの女は。俺の知るゴリラ幼馴染はどこへ行った)
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