19. 待ってくれ、未来人ってバレたんだが
歩夢は千秋先輩との関係を深めるために再び会話へ戻る。
「17歳って事は、千秋さんは俺と鈴音の一個上なんですか。大人びた雰囲気だから勝手にもう少し年上かと思ってました。年の近い先輩のアドバイスも聞きたいですし、今度俺とお茶でもどうですか?」
「そうね信乃方くん、先輩として一つアドバイスをしてあげる。まず女性と仲良くなりたいならその三下ナンパ野郎みたいな行動を辞めなさい。そもそもナンパでつられる女なんてロクな人間がいないのだし、関係はそう長くは続かないのが関の山よ。具体的には信乃方くんの様なお手軽ボーイはホテルに入って、有り金貰ってポイって所がオチじゃないかしら」
腐敗しきった生ゴミを見る目で歩夢を罵りながら、悪態をつく詩織。
だが一方の歩夢もそれに折れてなどいなかった。
(…………俺は知っている。本気で嫌がる女性は、拒否反応でなく腕力でねじ伏せてくる事を。ソースは鈴音。しかもサラリとアドバイスをくれるあたり、千秋さんは少なからず俺の事を気にかけてくれている! つまり脈アリだっ! )
折れることなく、歩夢は爽やかなな笑顔で語りかける。
「またまた、そうやって照れ隠しするのは女性の可愛いところですよね。わかってますよ千秋さん。本当に嫌がってる女性は『黙りなさい、二度と話せない顔面になりたいの? 』くらい真顔で言ってくるって知ってますから」
「黙りなさい、二度と話せない顔面になりたいの?」
「はい。すんません」
歩夢はそっと静かに黙ることにした。
(何が脈アリだよバカヤロー。千秋さん血管浮き出るほどブチギレてるじゃねーか)
自分の不甲斐なさと恐怖に震える歩夢を余所に、リンが隣でフォークを置いた。
ずっと無言で千秋さんから奢ってもらったケーキを食べていたが、どうやら食べ終わったらしい。
「それで結局、千秋さんがボクに聞きたかった事とは何なのですか? さっきは本当に焦っていた様子でしたし……ボクには本当に千秋さんを怒らせるような心当たりはないのですが……」
オレンジジュースを飲みながらリンが小首を傾げると、詩織は真剣な表情で目を開きなおす。
「申し訳ないけれど……実はこのカフェに入ってから、ずっとあなた達の会話が聞こえていたわ」
「えっと、ボクらが話してたのは今日の予定と……【暴食で暴行】の事ぐらいでしょうか?」
リンの言葉を聞いて、真剣な眼差しで更に一歩夢顔を近づける詩織。
「……これから私が聞くことに、どうか正直に答えてほしいの」
「はい?」
能天気に答えるリンに、また詩織は再びグイっと顔を近づける。顔の距離は、数にして僅か数センチ。
リンの目をジッと見据えた千秋さんは、その口をゆっくりと開いた。
「君、ホントは未来人なんでしょう?」
「ゴ、ゴッホ! ゴッハ!! え⁉︎ グハ!!!!!!」
「なんっ……! ゴホ! ゴッホ! ちょま……ゴホッゴホゴホ!」
「ブッハ⁉︎ ゴッホゴホ!」
盛大にむせ返るリンと、連鎖してむせ返る鈴音。そしてコーヒーを吹き出す歩夢。
「な! なななななぜ急にそんなことを聞くんですか⁉︎ みみみ未来人などいる訳がないじゃないですか科学的に考えて!」
そんな某名作ホラーゲームの導入の様な返しをするリンに、詩織は淡々と続ける。
「実は私、小説を読むだけじゃなく作家としても活動しているのよ。と言っても家業を継ぐ前の見習い小説家だけれど……これでも少しは名の売れてきた作家なのよ」
「高校生で小説家ですか、確かにすごい話ですが……なぜいきなりそんな話を……? その話とボクを未来人だと疑う事に、なんの関係があるんですか?」
スゥっと息を吸った後、詩織は澄んだ声でこう言った。
「ペンネームは千秋 紫央。文豪名家、千秋家の次期当主。【暴食で暴行】の作者って言ったら聞き覚えがあるかしら?」
「え? ……千秋紫央? …………本人?」
詩織の言葉を聞いて、歩夢の脳が硬直する。
(つまりリンは……作者の前で、未発表のネタバレをしていたと?)
――――次の瞬間、鈴音とリンと歩夢。3人の背中は冷や汗がドッと滝の様に流れ出た。
そんな様子に気がつく事なく、詩織は必死に説明を続ける。
「その子が話していた【暴食で暴行】下巻の内容について。それは今まさに、私が原稿として執筆を行っている内容なの。……ならば、どうしてその子は内容を知っているの?」
詩織の一言一句に飛び出ていきそうな心臓をどうにか抑え、歩夢はひたすらに外見だけでも冷静を装う。
アリサ曰くもし現代人に未来人の存在がバレて歴史に影響を与えれば、タイムパラドクスが引き起こされる可能性がある。
その重大すぎる責任をようやく実感した歩夢は、無理やり肺を動かして過呼吸じみた息を吐いた。
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