20. 小説家、ちょっと可愛いんだが
「歩夢くん、貴方……正気かしら? いくら広い海外といえど、遺産でチーズナンを遺す祖父なんて居るわけ無いじゃない。もしかして本物のバカなのかしら?」
「お前の書いた小説だろうが!」と盛大にツッコミたい気持ちを抑え、歩夢は拳を握りしめる。
すると詩織は小さな溜息を吐いたあと、鋭い目つきをリンの方へ向けた。
「ハッキリ言うけれど、私は既にその子が未来人だと確信しているわ。たとえ君たちが否定したとしても、全世界から否定されたとしても絶対に覆ることの無いくらいにね」
言葉に釣られて鈴音とリンの顔は更に引きつり、「どうしよう」と二人のヘルプコールが歩夢に向かう。
(……だからこっち見んな! 図星ですって、千秋さんにアピールしてるもんだろ!)
内心で軽い絶望感を感じつつ、これ以上ボロを出さない為に歩夢は急いで会話を逸らす。
「大体、どうして千秋さんはそんなにリンが未来人だと言い切れるんですか? 未来人なんてフィクションの作り出した空想上の存在じゃないですか」
「私にその質問をするのはセンスが悪いわ歩夢君」
手に持ったコーヒーを、カチャリと再び受け皿に戻す詩織。先と違い、飲み終わったカップの中には何も入っていない。
「私は千秋詩織である前に、小説家の千秋紫央。全世界の人間が否定しても信じる空想は絶対に存在すると直視して綴り出す、そういう仕事をしているの。現実に脚つけど、空想に生き空想に死ぬ。それが小説家という生き物よ」
一息着いた後にゆっくりと目を閉じた千秋さんは、再び目を開け鋭い視線でリンを見つめる。
「だから私は、私の願望を叶える為に未来人を……その子を脅迫するわ。未来人だとバラされたく無かったら、大人しく私に協力しなさい」
詩織のその一言は、大きな緊張感に生まれ変わった。本来感じることの無いはずの空気がとてつもなく重い事に、歩夢は静かに息を呑む。
脅迫。それもフィクションの存在を人質に取った異質な脅迫。
歩夢の頬に、真っ直ぐな一筋の汗が伝った。
(……確かに未来人の力を持ってすれば、宝くじや競馬で稼ぐなんて事は造作もない筈だ)
当然その場合は史実との当選者の誤差が産まれ、未来への影響も計り知れず最悪タイムパラドクスの可能性も存在する。
「…………」
4人の間に、沈黙の時が流れる。
(……ダメだ、コレは良くない流れだ。なにか言葉を絞り出して否定しなくては……!)
もはや涙目に成りつつあるリンと鈴音を横目に歩夢は焼き切れそうな脳みそをフル回転させ、この窮地を覆す言葉を探す。
だが意外な事に、空気の重い数秒間を打破した一言を放ったのは他でもない詩織だった。
「……君たち、まさか私が未来人に金品を要求するとか考えてるのかしら?」
「違うんですか?」と呆ける歩夢を見て「はぁぁぁぁぁ」と詩織は魂が逃げ出しそうな程のため息を吐いた。
「……そんなつまらない物、いる訳ないじゃない」
千秋さんは心の底から退屈そうに、どこかうつろな目で、『つまらない物』と強調して呟いた。
「つまり、金の為に脅迫してる訳じゃないと?」
「私は文豪名家の千秋家の人間よ? そんなもの、別に欲しがらなくても掃いて捨てる程有り余っているわ。金なんてものは読書と執筆の時にコーヒーの一杯でも飲めれば十分なのよ」
そう言ってキメ顔で、手元のマグカップを口に運ぶ千秋先輩。
だが既に中身が無い事を口をつけてから気がついたらしく、恥ずかしそうに真っ赤な顔でカップを再び受け皿に戻した。
「…………」
「…………」
数秒間、恥じらう詩織を歩夢は無言でジッと見つめる。
キメッキメでかっこいい台詞の後にポンコツみたいなミスをしたのが恥ずかしかったのか、詩織の赤い顔は一向に収まる気配がない。
「と、とにかく君は本当にセンスがないわ歩夢君。私は千秋紫央、小説家よ? 金で空想は買えないわ。そんなもの貰ったところで仕方が無いでしょう?」
詩織は逸らすように話を続けるも、歩夢は半目で真っ赤な顔をジッと見つめる。
(……小説家と言うやつは、皆こんなにも変わり者なんだろうか)
歩夢はふいにニコリと爽やかな笑顔を見せた後、
「コーヒー美味しくていっぱい飲んじゃったんですか可愛いですね。おかわり頼みます?」
「――――っつ!! このっ――――!!」
「うわー! 待って千秋さん! センパイも良くないよホントに!」
真っ赤な顔を更に赤く染めて歩夢に襲い掛かろうとする千秋さんを、リンが必死に抑え込む。
先までの策士らしさの鱗片もない詩織を、歩夢がニコニコと観察していると
――――ゴン。と鈍い音と共に、鈴音の拳骨が歩夢の脳天に炸裂した。
「うぉぉああああああああ痛ってぇ⁉︎ うおぉあ!! 俺の頭無事か⁉︎ 耳から脳みそとか出てない⁉︎」
激痛に悶え苦しみながらカフェの床でのたうち回る歩夢。
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