06. いや、マジでタイムマシンだったんだが
「さ寒い……ここは……ビルの屋上?」
普段に増して一層肌寒い風に、大袈裟な貯水タンク。
歩夢や鈴音たちのいるそこは、紛れもないビルの屋上だった。
歩夢は少し辺りを見渡すも、リンの姿は見たらない。
「リンはどこいったんだ? 妙に静かじゃないか?」
歩夢に続き鈴音も周囲を見渡すと、緩やかに静止した小さな立方体が浮いていた。
それらは各々ゆっくりと一定の場所を目指して空中を移動し、
「あ、リン。あんなところに」
小さな立方体はリンの握る黒い立方体へ付着し、保健室で見た精密機械へと姿を戻していく。
リン本人はというと、屋上の端の手すりに身を乗せながら血眼で下を見下ろしていた。
だがどこか顔色がわるく、今にも嘔吐しそうなのを我慢している様にさえ見える。
「おいリン、ここはどこなんだよ。俺たちさっきまで保健室で……」
「あ! 見つけました! こっちです、早く全員来てください!」
歩夢の言葉を無視し、興奮気味に声を荒げるリン。
とりあえず歩夢はリンの横に立ち、アリサと鈴音もそれに続く。
「あの緑のビル、あと10秒くらいです!」
リンが指差す緑色のビルを、歩夢はジッと凝視する。
するとその場所に妙なデジャヴを覚え、思わず首を横に捻った。
「あのビル、妙に見覚えがあるな……なんだったっけな」
鈴音も同じく妙な感覚を覚え、静かに心当たりを探ってみる。
鈴音がハッとデジャヴの正体に気がついた時、リンは顔色悪くもどこか嬉しそうな顔でカウントダウン初めていた。
「5……4……3……2……1!」
「待って、歩夢――――あのビルって」
鈴音の声と同時に、歩夢は既視感の正体を思い出した。
あのビルは――――
「キャー!」
どこからともなく聞こえる悲鳴。
そして目前のビルの上階、落下する一つの影。
歩夢は、この後に起きる現象をよく知っている。
――――バリン!
落下した植木鉢は、豪快な破裂音を鳴す。
破裂音の原因は植木鉢の真下にいた少女。
「そぉおぃ!」
もはや凶器とも呼べる少女の頭上ノールック回し蹴りは、落下してきた植木鉢を木っ端微塵に粉砕した。
彼女の横を歩夢いていた少年は、豪快にもばら撒かれた土を頭から被っている。
「ウソ、でしょ……。あれって、もしかして……」
「今朝の俺と鈴音……なのか?」
目を白黒させ、目の前の光景をただ茫然と見る歩夢と鈴音。
その後もずっと、今朝に体験した見覚えのある光景が続いた。
「降りてきたおばさんの服装も、会話の様子も、俺が土を払う様子も全部、完璧に今朝と同じだ……! もしかして俺たち、本当にタイムマシンで今朝に来たってのか⁉︎」
「あったりまえですよっ! これくらい、本物の未来人のボクとアリサには朝飯前ですから!」
あまりの衝撃に思わず口角が上がる歩夢に、調子づいたリンはコレでもかと自慢げに胸を張る。
「本当に何もかも、同じ……。ってことはさっきの精密機械はやっぱり……」
「ボクの作ったタイムマシンです! この天才物理学者、水原リンちゃんに掛かれば楽勝なのですよこれくらい!」
信じられない情景に、鈴音の鼓動が早くなる。そしてリンも、空を仰ぎ目を瞑って自慢げに鼻息を吹かす。
一方それを見もしないアリサは、引き続き興味深そうに道路を見ていた。
道角から飛び出したリンが頭をコンクリートに打ち付け、心配そうに歩夢と鈴音に解放されている。
「本当に道路にヘットバットしるじゃないか、リン。運動神経は今後の大きな課題になるな」
「……ささ、ボクらが未来人ってわかった所で手早く現代に帰りましょう!」
両耳を手で覆い誤魔化すように提案するリンに、アリサはこの先の苦労を予期し頭を悩ませる。
天才物理学者の耳は、都合の悪い事は聞こえないらしい。
それを見ていた歩夢は茶々を入れる様に軽く笑って、
「おい天才物理学者様、わざとじゃ無くあんな転び方する運動神経なら、タイムマシン以前にそっちをどうにかした方がいいんじゃないか?」
「もう、うっさいですよ! そんなんだからセンパイは彼女が出来ないんですよ! 余計な事を言うセンパイは過去に置いて帰っちゃいますよ?」
そう言ってリンは再びタイムマシンを宙へ投げ上げた。
リンの返答に歩夢は得意げな表情を見せる。
「おいおい洒落にならない事言うなよ。この世界に俺が2人もいたら、俺と赤い糸で結ばれた恋人が困っちまうだろ? ……おい、ちょっと待てなんで全員で目を逸らすんだ」
全員が目線を合わせない事に気がついた歩夢がツッコミの声を上げる。
それを無視して鈴音は、アリサに不安げに声を掛けた。
「ダイブって、またあのグワーってなるヤツやるんですか? あたし今度は酔って耐えられないかも……」
するとアリサはニコリと笑って返し、
「安心してくれ鈴音さん。時空間の移動でかかる負荷は回数を重ねる程に軽くなるんだ。先のダイブで耐性もついたし、この時間に来るときよりは軽い負荷の筈だ」
アリサの説明が終わるのを待っていたかの様に、連続で電子音が鳴り響いた。
拡散した小さな立方体がキラキラと輝き、徐々に回転を開始する。
『情報入力者認証……【水原 リン】クリア、承認
干渉先座標設定……29383,293658,38474,393849、承認
虚軸安定比率検証……94%及び修正可能、承認
時空干渉係数の観測を開始。観測完了。
最終移行跳躍式演算開始……………………完了。
時空転送演算シーケンス、終了。
システムダイブ、オールグリーン』
3人を見渡した後、リンはホログラムのキーボードに視線を下ろす。
「よーし、準備完了! それじゃ飛びますよ! ――――システム総承認! 【ダイブ】開始!」
――――――ィインッッッ!! バチバチバチ!!
先の様に周囲に稲妻が弾け、意識にノイズが駆け回る。
だがアリサの言った通り、今回はそれほどひどい不快感も無い。
「っんぐ! ……っと? アリサ先生の言う通り、来る時よりも全然苦しくないな」
「確かに、これならあたしも大丈夫かも」
そうこう言っている間に突風は止み、ノイズも徐々に小さく消え去った。
立方体は徐々に速度を緩め、再びタイムマシンへと姿を戻す。
『ダイブ終了、安定化装置フリー。動作を正常に終了しました』
徐々に姿を表したのは、見覚えのある保健室。
歩夢は再び倒れ込む様に転倒し、アリサは慣れた様子で白衣の埃を払う。
無事に足から着地した鈴音は、どうも怪訝な体験に改めて嘆息気味に息を吐いた。
「……なんだか、さっきまで見ていたのに全部夢みたい」
それを聞いた歩夢は、上体を起こしながら微笑する。
「そんなこと言うとまたリンが怒り出すぞ……ほらリンがあんなにプルプル小刻みに震えて」
だが歩夢の指差す先にいたリンは真っ赤ではなく、真っ青な顔だった。
高速で瞬きしながらひたすらに無言で、ジッと動かず両手で口を塞いでいる。
……まるで今にも溢れそうな何かを堪えこむ様な。
「――――しまった!」
すると言葉と同時に、アリサが弾かれた様にリンの元へと走り出した。
その手には既に、広げられたビニール袋が掛けられている。
アリサがリンの元へ辿り着いた、次の瞬間。
「うっぷ……お、おえええええええええええええ…ううぅ……」
リンからスプラッシュされた、虹色の固体……いや液体?
ともかく、それは広げられたビニール袋へと吸い込まれていった。
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