ラブコメ始まる前に、未来から娘来たんだが ~幼馴染も先輩も、まともな美少女がいない~
三島 楽
0.0 プロローグ(念願の彼女、やっとできたんだが)
「あゆくん、私、君の恋人でよかった」
夕陽に染まった砂浜で、少女は小恥ずかしそうにそう言った。
腰ほどの美しい茶髪は風に揺れ動き、白のワンピースを強調させる。
幼げな顔たちと裏腹に大人びた雰囲気がなんとも言い難い魅了を掻き立てた。
「……こ、恋人?君が……俺の?」
2人きりの砂浜で少年はポカンと口を開き、嬉しそうに涙を流す。
少年の名前は、
16歳、高校2年生。
ツンツンと硬い髪質に、平均的な男子高校生そのものといった背格好。
「俺にも、俺にもついに彼女が出来たのか……!」
歩夢にとって恋人とは――――人生の目的である。
彼女いない歴=年齢である歩夢が、切に『モテたい』だけを考え続けた日々。
スケボー、筋トレ、ボカロP、プログラム、etc…
学校ではナンパの頻度より学年問わず【ナンパ先輩】なる異名で呼ばれる始末。
「恋人……俺の恋人かぁ……!」
だがその全ては、今の歩夢にとって些細なことだった。
目前に恋人を名乗る美少女がいる。
その事実だけで盛大にガッツポーズを決め、大声で叫びながら走り出したいくらいだ。
「……うん?ちょっと待てよ?」
だがここで同時に、とある1つの疑問が歩夢の脳内を占拠した。
(……この人、誰だっけ?)
目の前の恋人を名乗る美少女の名前はおろか、容姿にも全く見覚えが無い。
それどころかチラリと見渡せば知らない浜辺。
自分は一体いつ、どうやってこの浜辺に来たのだろうか?
拭い捨てられない疑問が、歩夢の脳内で響き渡る。
「確かに俺、ついさっきまで部屋のベッドで寝てたよな……」
考え込み俯く歩夢に、吐息が触れ合うほどの距離で少女が覗き込む。
「あゆくん、どうかしたの?」
「うぉ⁉︎あ、いやちょっと考え事をしてたんだ!」
急激に激しくなる鼓動に慌てつつ、歩夢は必死に冷静を取り繕う。
ここに来た経緯、恋人を名乗る少女の名前。
現在に至るまで全てを思い出す為、歩夢は何度も脳内で超速シミュレートを繰り返す。
歩夢の脳内史上、最速で行われる高速演算。その末に――――
「私のことを……考えていてくれたら、嬉しいな。なんて」
「いやホント君のこと考えてた。俺の彼女マジ最高」
至近距離でのデレを受け、歩夢は即座に考えること辞めた。
「こうしてると、私達が出会った時の事も凄く昔の事みたいだね。本当に……あの時は歩夢くんとこんな関係になるなんて、想像もしてなかったなぁ」
「で、出会いね?俺たちの出会いね?懐かしいね?あのーあれね?俺たちはどんな出会いだったかなー……なんて」
歩夢の問いに対し、どこかモジモジと人差し指を合わせる少女。
「もぅ照れくさいなぁ。そんなに私の口から言って欲しいの?……昔、私が裏路地で不良達に絡まれていた時に、歩夢くんが颯爽と声を掛けてくれたのが出会いでしょ?」
「そ、そっか!そうだった!危ない所を俺が救い出したんだったな!…………意外とやるな俺」
記憶は無いがなかなか漢らしい所を見せるじゃないか、と歩夢は自分の意外な隠れた一面に驚きを隠せない。
だがきっと、目の前で女の子が危機に瀕していたら……助けるのだろう。
意外だが妙に納得出来る自分らしさに、自然と口元が緩む。
「あの時の歩夢くん、とっても可哀想だったなぁ……全身ボコボコに殴られて」
「負けてたんだ俺⁉︎それも多分かなりのオーバーキルじゃねぇか!」
完全に予想外の結末に、思わずツッコミじみた声を上げた。
歩夢本人からしても笑い話としていいネタになるものの、目の前の少女にケンカで負ける情けない姿を見せてしまったのが少し心残りだった。
「なんか、みっともない姿を見せちまったな」
歩夢の言葉に少女は「そんなつもりじゃ」とどこか慌てた後に、顔を少し赤くして呟く少女。
「ううん。それでも……かっこよかったよ。私はあの時から、あゆ君の事を好きになったもん」
「そ、そうか……なんか照れ臭いな。俺も君が好きになってくれた俺に、すこし自信を持ってみるよ」
麦わら帽子で陰った目元は見えないが、確かに少女の頬が更に赤く染まる。
自分の勇気を振り絞った行動が彼女の心を動かした事実に、歩夢は誇らしらさ感じていた。
「えっと……俺が声を掛けてからは、何があって付き合ったんだっけ?」
「えー?それも私が言うの?……恥ずかしいよ、アレを話すの」
「い、いいだろ?俺は君の口から聞きたいんだよ」
再び恥ずかしそうに頬を染める少女を見て、今度はどんな事がと歩夢も少し緊張感に震える。
「『お前を守れる男になるから』って言って……病院の屋上で、私に告白してくれたでしょ?」
ちょっと前にヤンキーにボコられていたとは思えないロマンチックな告白に、歩夢は思わず感服した。
(女子と話すだけで緊張する俺が、そこまでセッティングするとは……)
そのまま続けて恥ずかしそうに、そして懐かしそうに語る美少女。
「でも、だからこそ……帰りのエスカレーターで転んで骨折した時はビックリしたなぁ」
「もう動くなよ俺!絶対ロクなこと起きないから!」
我ながら最後の大やらかしに、思わず盛大なツッコミを入れる。
「っぷ!あはは!あははは!思い出したらまた笑えてきちゃったよ!あー、おっかしいー!」
口元に手を当て、涙が溢れるほどに彼女は愛らしく笑う。
少女にとっては歩夢のやらかし話も、今をつくる為の大切な一部らしい。
「……い。ち……よ」
「え?なんか言ったか?」
そっと耳に、彼女の何か囁いた声が聞き入った。
愛しの恋人までゆっくりと近づく、その時間さえ心地よくて堪らない。
「もっと、君の声を聞かせてほしいな」
できる限りのキメ顔で、歩夢は最大限のイケヴォを喉から絞り出した。
近づく毎に彼女から感じる、咲き乱れる花畑の様な鮮やかな香り。
その神秘的な魅力は、まるで彼女を本物の妖精のように輝かせて魅せる。
「…く。しょ……く」
耳元に触れそうなほどに近い妖艶な口元から、静かに吐息が漏れる。
その感覚に身を委ね、歩夢はただこのひと時を感じるように両手を広げた――――
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