14. トイレに行きたい訳では、ないのだが
幼馴染がほぼ毎日家まで理由をつけてやって来ているのに、全く意図に気がつかない鈍感男へ呆れを感じつつ、リンは状況打破の為に少しだけ正直に話してみる事にした。
「たはは、いやーボクちょっとトイレに行きたいなーなんて思いまして」
「ついて早々にか? まぁ我慢も良くないしな……トイレならそこの通路を右に曲がった所にあるぞ」
「あ、はい。ありがとうございます」
歩夢に礼を伝えるも、リンが自分1人で行っても意味がない。
鈴音に作戦会議の意図を伝える為、なおもその場で服の端を掴みヒラヒラ動かし続けるリン。
当然ながら歩夢はそれを理解出来ず、怪訝な目で見ていた。
「お、おい? トイレ行かなくていいのか? トイレならそこの通路を曲がった所だぞ」
「あぁー、行かないとそろそろマズいかも……しれないです」
リンが再びチラリとまた鈴音の方を見るも、当の本人もまた「どうしたの?」と小首を傾げる。
どうにか察してもらおうと目と目を合わせてスカートをヒラヒラさせるも、もちろん歩夢には全くもって理解不可能な行動にしか見えない。
「え……トイレ行きたいんだろ? そこを右に曲がった所だって」
歩夢の言葉を聞き流し、リンは懸命にスカートを振っていたが「……?」といった鈴音の表情に耐えきれず、ついに面と向かって迫真の声で伝える。
「トイレに、トイレに行きたいです! もう漏れそうです! トイレに行きたいんですよボクは!」
「なんなんだよ! 漏らしそうなら早くトイレ行けよ⁉︎」
歩夢の渾身のツッコミを聞いて、
「……あ⁉︎」
何もかも思い出した鈴音は勢いよく立ち上がった。
「きききっとトイレまでの道がわからないのかも! あ、あたしはリンをトイレまで案内してくるわ!」
リンの手を引き女子トイレに向かう鈴音。そして心の底から不服そうなリン。
何もかも理解出来ない歩夢は、ただ困惑の表情で2人を見送った。
「お、おぅ。そこの角を右に曲がるだけだけどな……」
女子トイレに入った瞬間、リンは鈴音に向けて一気に頬を膨らませた。
「おっそーぉいですよ! なんで作戦会議の合図忘れてるんですか! お陰でボクが漏れそうなのにトイレに行かない変人になってましたよ」
「ご、ごめん。外で歩夢と話してるうちに頭から抜けちゃって……」
洋式便器の蓋に座るリンが不満げに唇を尖らせる。
申し訳なさげな鈴音は、話題を逸らす様に人差し指を立てた。
「それで、作戦会議って事はさっそく歩夢にあたしを意識させる作戦が始まるの?」
鈴音の言葉を聞いたリンはコロリと表情を変え、得意げに目を瞑る。
「その通りです! まず第一の作戦は、その名も『女の子だもんチンピラ怖いよ作戦』!」
「『女の子だもんチンピラ怖いよ作戦』…………」
タイムマシンを作った天才とは思えない、安直すぎるネーミンングセンスに鈴音は苦笑いを浮かべる。
だが当のリンは気づく様子もなく、「作戦の概要を説明します!」と自慢げに胸を張っている。
「今現在このショッピングモール内には、アリサがそれなりのお小遣いを渡して雇ったチンピラ共が既に2人います」
「何やってるのよアリサ先生」
初っ端から予想外すぎる説明に、鈴音の口元が引きつる。
任務の為とはいえ教育者として大丈夫なんだろうか……と、若干の呆れを感じつつも、鈴音は心して説明を聞く。
「そしてアリサに雇われたチンピラ共は『ママとセンパイを見つけ次第絡み、そしてやんわりいい感じにビビらせて帰ってこい』って指示してあります。そこで絡まれたママはチンピラに怯える振りをする! するとセンパイは……どう感じると思いますか?」
「怯えるあたしを見て、庇護欲が湧いてくる……? 結果的にあたしを異性として意識し始めるって事⁉︎」
今までの歩夢と鈴音の関係性からは考えつくことすら無かった、最もシンプルにして効果的な作戦。
意外にも理に適った作戦に、鈴音は思わず息を呑む。
「そう! これが今日の第1の作戦、『女の子だもんチンピラ怖いよ作戦』の全貌です!」
「な、なるほど……あたし、頑張ってみる!」
目の奥が燃え上がるような鈴音に、同じくテンションの上がっているリンは目を合わせる。
「ボクはいい感じのムードの邪魔にならない様に、トイレでしばらく待機していますね! それではママ、健闘を祈ります!」
リンの敬礼に対し、頷いて敬礼を返す鈴音。
かくして初めての作戦会議は終わり、鈴音はトイレを後にした――――――
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