第24話 今は仮の夫婦
「……」
「……」
シンと静まり返った執務室。先程まで熱い口付けを交わしていたエレノアとイザークは、抱きしめ合ったまま、お互いに無言だった。
エレノアはまだ熱い頭でぼんやりとイザークの腕の中で思考を巡らせる。
(ザーク様と、キス……しちゃったんだよね? キスは好きな人とするもの……だよね?)
「エレノア……愛している」
ぼんやりとする頭の上から、イザークの声が降り注いだ。
「仮の妻なのに……?」
「俺は最初から真剣だ」
オーガストの提案では、確か教会からエレノアを守るためだった。だからイザークの突然の告白に戸惑いが隠せないのは当然だと思う。
「え?! あの……」
「態度で示してきたつもりだが……」
肩に置かれたアイザークの顔からため息が漏れるのをエレノアは耳で感じ取った。
(え?! 距離感がおかしかったのって……)
ただの距離感がバグっている人だと思っていたエレノアは、これまでのイザークの態度を想い返し、赤面した。
「俺は最初から君への気持ちは何も変わっていない」
エレノアの肩から離された顔が正面に移ると、真剣な瞳でイザークは言った。
(私、私は……)
イザークの気持ちを初めて知ったエレノアは、嬉しさと戸惑いで目の前が滲む。
「今は、俺の気持ちをわかってくれただけで良い。君の自由を奪うつもりは無いから。君が離婚を望むのなら、俺は応じようと思っている」
「ザーク様……」
イザークの言葉が、エレノアを優先してくれる変わらない優しさが、エレノアの胸に突き刺さる。
(嬉しいけど、私、何でこんなにも傷付いているの?)
「ただし、今は俺の妻だ。他の男には触れさせないで欲しい……」
そっとエレノアの頭を撫で、懇願するような表情でイザークが言うので、エレノアも思わず頷いた。
エレノアの頷きに安堵の表情を見せたイザークは、再びエレノアを腕の中に納めた。
(私は……教会から逃れられれば良くて。ザーク様とは任務のための結婚で。この幸せはいつかは手放さなきゃいけないものだと思っていた。でも、私はザーク様の側にいても良いの?)
抱き締められたミモザの香りに、エレノアは安らぎを覚えながらも、どうすれば良いかわからなかった。
それから静かに二人の時間を過ごすと、「送って行くから帰ろう」とイザークに言われて執務室を出た。
「あの、ザーク様、忙しいのにお仕事の邪魔をしてすみませんでした」
「いや、大丈夫だよ」
駐屯地の出口までイザークと並んで向かう途中、エレノアが改めて謝罪をする。
「でも、ずっとお屋敷にも帰って来ないから……」
「もしかして、寂しいと思ってくれた?」
エレノアは心配して言ったことだったが、イザークが顔を輝かせて言うものだから、恥ずかしくなって顔が赤くなる。
いつの間にか自然に繋がれた手も久しぶりで、エレノアはずっとふわふわとした心地だった。
先程のキス以降、イザークの気持ちがだだ漏れな気がする。いや、彼は最初からそうだったかもしれない。エレノアが気付かなかっただけで。
「あの、お身体は大丈夫なんですか?」
イザークの気持ちを意識せざるをえない状況で、エレノアは増々顔が赤くなる。それを誤魔化すため、話題を変えた。
「ああ。今日、エレノアに会えたから元気になった」
「もう!」
それなのにイザークは甘い言葉をやめない。心臓が保たないのでいい加減にして欲しい、とエレノアが頬を膨らませている時だった。
「お帰りですか?」
入口に向かうサミュと出会した。
「ふふ、本当に仲がよろしいですね」
繋がれた手をちらりと見ると、サミュがにっこりと笑った。
エレノアは恥ずかしさで思わず手を離そうとしたが、イザークががっちりと掴んで離してくれない。
「俺の妻だからな」
にっこりと笑うサミュに、イザークがジロリと睨むと、サミュが声をあげて笑った。
「あははは! 団長が結婚なんて信じられませんでしたけど、本当に運命ってあるんですね」
運命、とはまた大袈裟な言い方だな、とエレノアが大笑いするサミュをポカンと見ていると、彼は視線に気付いて屈託なく笑った。
「この運命は、僕のお陰でもあるんですから、感謝して欲しいですね?」
「????」
増々わからないことを言うサミュにエレノアが首を傾げていると、イザークがエレノアを隠すように前に立ちはだかる。
「サミュ……」
「あー、はいはい。すみません。口は慎みます。でも団長? 僕にとってもエレノア様は女神だったんです。少しくらい話しても……」
「俺は彼女を神格化している訳では無い。一人の女性として見ている」
「ザ、ザーク様!」
サミュとのやり取りに、イザークが恥ずかしげもなくそんなことを言うので、エレノアは慌ててイザークを止める。
「うわー、ごちそうさまです。まあ、団長は根は優しいですが、氷の鉄壁と言われていますからね。ちゃんと血が通っていて良かったです」
サミュはそう言うと、「また遊びに来てくださいね」とイザークの後ろから顔をのぞかせるエレノアに手を振って去って行った。
「まったく……」
去って行ったサミュの方向を見て、イザークがため息を吐いた。
サミュといい、エマといい、イザークは随分部下から誂われていたり、軽口を叩かれている。それは馬鹿にされたり、見下されているわけではない。彼の人柄がそうさせているのだと、エレノアにはわかった。
(良いなあ。みんな、ザーク様の家族だったり仲間だったり、ちゃんと彼の隣にいる)
そんな関係が羨ましく、眩しくもあった。
イザークからの告白は真剣で、嘘があるとは思っていない。だからこそ、孤児である自分が彼の側にずっといて良いのかエレノアは悩んでいた。
(教会の糾弾が終わったら……? 私が役に立つことってあるのかな?)
「運命?」
先程サミュが言っていたことが気にかかり、エレノアはつい口にしていた。
「……それは……」
「それは?」
「……また今度」
イザークはそれ以上何も言わなかったので、エレノアも気にするのをやめた。
ただ、繋いだ彼の手からじんわりと温かい熱が伝わるのを感じた。
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