第43話 やっと

「私、私は、自分に力がありながら、シスターを救えず、教会を盲信して、シスターを見捨てた。しかも、自分の母だったなんて……! 私は自分が許せない」

「エレノア……それは君のせいじゃない」


 エレノアは堰を切ったように話しだした。


「ザーク様に知られたら軽蔑されるんじゃないかって、私は自分のことばかりで、あなたを傷付けた……」

「エレノア、俺は君を軽蔑なんてしない。それに、君は多くの人を助けて来た。見捨ててなんて、ない」


 イザークの言葉にエレノアは首を振る。


「一番大切な人を、私は死なせた」

「エレノア……」

「でも……今度こそ、死なせたくないんです」


 エレノアは俯かせた顔を上げ、イザークの目をしっかりと見る。


「ザーク様が好きだから。ずっと一緒にいたいから、こんな私だけど、隣にいさせて欲しいんです」


 きっぱりとエレノアはイザークに告げた。


 イザークが好きだと自覚したこの気持ちに嘘はもうつけない。


 妻じゃなくても良い。聖女として側に、騎士団のお抱えでも良い。イザークの側にいられるなら、エレノアは何だってやる覚悟だ。


「本当に?」

「え?」


 エレノアはドキドキしながらもイザークを見据えていた。イザークはエレノアに聞き返す。


「本当に、俺を好き? エレノアが、俺を?」


 確かめるように、何度も言葉を繰り返すイザーク。


「はい……、だから妻じゃなくても良いんです。側に置いてください……」

「エレノア!!」


 エレノアが言い切る前に、イザークはエレノアを自身の腕の中へと引き寄せた。


「本当に良いのか? 俺は君をもう手放せない、と言った」

「はい……。聖女として役に立ってみせます」


 イザークのミモザの香りに包まれ、エレノアは微笑んで答える。


「違う!! 俺は君を愛している! 君が聖女かなんて関係無い!」

「ザーク様……?」

「確かに、君に一目惚れした時、君は聖女だった。でも、君のその、誰でも助けようとする姿に俺は惹かれた」


 イザークの腕の中で身体を離し、エレノアが顔を上げると、イザークは熱っぽい瞳でエレノアを見つめていた。


「君のすべてを一生、俺だけの物にするということだ。君の向ける笑顔も、君に触れられるのも俺だけということだ……わかってる?」


 イザークはこれまでも今も、ずっとエレノアに愛を囁いてくれていた。この期に及んで、「聖女としてでも側に」と願った自分にエレノアは恥ずかしくなる。


「いい加減、俺の愛を受け取る覚悟を決めて?」


 そんなエレノアを見透かしたようにイザークが甘く微笑む。


「……ザーク様はいつも私の気持ちを優先してくれすぎです」

「そうかな? 俺はエレノアにしたいことをしているだけだが。また話がそれたよ、エレノア? 返事は?」


 エレノアはう、と口を噤み、逡巡し、顔を赤くし、ようやく観念して、覚悟を決める。


「はい……」


 エレノアの返事を受け取ったイザークは、嬉しそうに微笑むと、自身の唇をエレノアの唇に重ねた。


 ふわりと甘いミモザの香りに包まれ、エレノアの心は幸せに満たされる。


「次は何の香りを送ろうか?」

「え?」


 唇を離したイザークが至近距離でエレノアに問う。


「秋の果実は何だい?」

「ザーク様ってば、気が早すぎ!」

「そうか?」


 甘く微笑むイザークに、エレノアは心が満たされていく。次のハンドクリームの約束を当たり前のように話すイザークに、この先も一緒にいて良いのだと言われているような気がした。


(そうしてこれからもずっと約束を繰り返していけるのかな?)


「次の果実はぶどうですよ!」

「そうか。それならまたエレノアの指から食べさせてもらえそうだ」

「もう……」


 エレノアの言葉にはにかんだイザークに、エレノアも頬を緩ませる。そして二人は再び唇を重ねた。



「ああ、やーっと、ですよ」

「まあ、良かったじゃないか」


 そんな二人を庭の影から見守るジョージとエマは、ようやく訪れたこの庭の遅い春に喜ぶのだった。



「ミモザには『真実の愛』という花言葉がある。カーメレン公爵家の家紋に誓って、生涯君だけを愛すると誓うよ」


 長いキスの後、イザークはエレノアの薬指の指輪に口付けを落として言った。


「私には『秘密の恋』だったような気がします」


 満たされた心にふわふわとしながら、エレノアはイザークにミモザの香りのハンドクリームをプレゼントした時を思い返す。


「エレノア……もしかして、このハンドクリームには……」


 そんなエレノアの想いにいち早く気付いたイザークが、期待した眼差しでエレノアを見つめる。


(う……改めて言うと恥ずかしい……)


 キラキラとしたイザークの瞳に恥ずかしくなり、エレノアはこくりと頷くだけにした。


「エレノア!!」

「きゃあ!」


 頷いたエレノアに満面の笑顔を向けたイザークは、エレノアを軽々と宙に抱き上げた。


「俺は、幸せだ!」

「……はい。私も幸せです」


 いつもエレノアを見下ろす空色の瞳が、今はエレノアを見上げている。


 傾き始めた陽の光がキラキラとその空色を照らし、エレノアは吸い込まれるように、その瞳に唇を落とした。

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