第44話 スミス伯爵家
「王弟殿下と君の母上、リリアン様は秘密の関係だったらしい」
教会糾弾事件も落ち着き、エレノアの怪我も癒えて来た頃、イザークはエレノアを誘って出掛けた。
「シスターが……」
カーメレン公爵家の馬車の中、エレノアはイザークの隣で話を聞く。
本来、向かい合って座るはずだが、イザークは自然にエレノアの隣に座り、肩を寄せ合っている。イザークの距離感がおかしいことは今更なので、エレノアもすっかり慣れた。
「王家と教会は互いに踏み入らない領域で、仲も良くない。だが二人は密かに結婚を進めていたらしい」
オーガストの調査により明らかになったシスターの真実に、エレノアは驚いてばかりだ。
「しかし、王弟殿下は亡くなられた」
「……まさか……?」
「ああ。改革派貴族と一緒に教会を変えようとしていた王弟殿下は、教会によって暗殺された」
「……何てことを」
イザークはエレノアの肩をぎゅっと抱き寄せ、気遣いながらも話を続けてくれた。
実感は湧かないが、エレノアにとっては父親の話だ。エレノアは教会のせいで母ならず、父までも亡くしていたのだ。
「今回、教会に踏み入れたことで、神官長室から王弟殿下を殺した毒とその計画書が発見された。神官長は罪状が追加され、死罪は免れないだろう」
「そうですか……」
いきなり父だと言われても、顔も知らないその人の死に、エレノアはまるで他人事のような感覚がした。
イザークに抱き締められながら進んだ馬車は、ガタンと音を立てて止まった。
「エレノア」
馬車の扉が開かれ、イザークに手を取られ足を地に下ろすと、そこは懐かしい場所だった。
「ここは……」
エレノアが物心ついた時からいた場所。
エレノアが育った場所。
シスターや孤児院の皆と過ごした場所。
スミス伯爵領にある孤児院の跡地だ。
生い茂る草原の中に、小さな建物が一つ。
「取り壊されたって……」
建物を見つけたエレノアが思わず呟く。
建物の前には初老の男性と女性が立っていた。
「……エレノア!!」
二人はエレノアを見つけると、すぐさま駆け寄って、エレノアを抱き締めた。
「私の祖父母ですか……?」
抱きしめられたエレノアは泣きそうになりながらも、二人に尋ねる。尋ねなくてもわかった。だって、二人はシスターにそっくりだから。
「ああ、エレノア! 生きていてくれて良かった!」
「君がカーメレン騎士団長様と結婚していると聞いた時は驚いたけど、本当に良かった!」
二人は涙を流しながらもエレノアを抱きしめてくれた。
イザークをちらりと見れば、エレノアを優しい表現で見守っていた。
(もう、この人は……本当に、私の気持ちばかり救ってくれる)
スミス伯爵領に連れて来てくれ、血縁である祖父母に連絡を取ってくれていた。イザークの行動に、エレノアは嬉しさで涙が滲む。
それから二人に促され、孤児院の中に入った。
孤児院は建て直されたらしく、新しい木の匂いがした。入口にはミモザが飾られている。花は季節ではないため、緑の葉だけが残っている。
「カーメレン公爵家が尽力してくださったのよ」
入口のミモザに目を留めていると、祖母が優しい笑顔でエレノアに教えてくれた。
「イザーク様?」
「俺の妻の実家だ。協力して当然だ」
エレノアが見やれば、イザークは当然のような顔をしてさらっと言ってのける。
「あ、ありがとうございます……」
エレノアは顔を赤くしながらもイザークにお礼を言うと、イザークは満足そうに目を細めた。
「ふふ、エレノア、本当に幸せになれたんだね」
孤児院のダイニングに足を踏み入れると、お茶の準備をしていたモナが笑顔で出迎える。
「モナ?!」
「エレノア! 私、ここの孤児院でシスターをすることになったの!」
「ええ? ほんと?!」
教会の地下で再会した時は、お互いにボロボロだった。今度は元気な姿で再会出来たことに二人は喜び、抱きしめ合った。
「まあまあ、皆、席について」
喜び騒ぐエレノアとモナに、祖母が声をかける。
皆が席につき、モナがお茶をセットしてくれた。モナは席にはつかず、少し離れて壁際に立った。
「エレノア、改めて、君は私たちの孫なんだよ」
一息ついた所で祖父が口を開いた。
「リリアンは王弟殿下の子を身籠っていた。しかし殿下は、教会に暗殺されてしまった」
あらかじめイザークに話を聞いていたエレノアは、落ち着いて頷く。
「身を案じたリリアンは、結婚をすることになったと偽り、教会を辞する要求をした」
「教会に二人の関係はバレていなかったと聞きましたが」
「ああ。だからこそリリアンは殺されずに済んだ。そして教会はリリアンが辞める条件として、彼女の力を望んだ」
祖父とイザークが会話を交わしながらも、シスターが何故教会を辞めたか語られていく。
「力とは、聖女の力を見抜くものですか?」
「……知っておられたのですか」
「弟が、教会はそのような力を持っていると仮説を立てておりましたので」
イザークの言葉に、祖父は覚悟を決めた表情で続けた。
「リリアンには聖女の素質を見抜ける力がありました。そして、身分の低い者たちを集め、貴族の令嬢を聖女として立たせるためにその力を利用してきたのです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます