第45話 母

 祖父の言葉はエレノアにとって衝撃的だった。


 母であるシスターも、昔は搾取する側だったのだ。


「娘は聖女の力がありましたから、自分と同じ力が集まれば国のためになると信じていたようです。そして貴族がそれを利用することに疑問を持っておりませんでした」


 しかし、と祖父は続けた。


「王弟殿下に出会って、変わったと言っていました。もっとちゃんと国民に足をつけて目を向けないと駄目だと。この領に戻って孤児院を開いたのは、自分の聖女時代の償いだったのだと思います」

「それで、その聖女を見抜ける力が何故教会に?」


 しんみりとしながらも話す祖父にイザークは真剣な表情で問う。


「エレノア、もしかして君は力を物に移すのが得意じゃないかい?」

「……はい……。口にするものに」


 祖父の突然の質問に、エレノアは驚きつつも答える。


「そうか……。やはり」

「というと……」

「はい。リリアンもそうでした。娘の場合は、口にするものではなく、物でした」


 祖父が目を細めると、イザークは確信したかのように聞いた。祖父は頷きながら答える。


「教会の要求に、リリアンは水晶玉に自身の力を宿してきた、と言っていました」

「だから教会は聖女をいとも簡単に見つけ出していたのか……!」


 祖父の言葉にイザークは驚きつつも納得していた。


「だからリリアンは先回りして、聖女の素質を持った幼い孤児が教会に捕まらないよう、保護していました。自身の能力はこちらには及ばないからと」

「しかしエレノアは見つかった」

「リリアンが出産したことを聞きつけた教会が、娘なら聖女の力があると踏んだようです。リリアンは娘であることを隠して育てていたというのに……」


 祖父から次々と真実が語られていく。エレノアはどこか違う人の話のような気がしていたが、シスターが自身を娘として公表していなかったのは、エレノアを守るためだったと知った。その事実が、エレノアのモヤモヤさせていた気持ちを払拭させていく。


 シスターは実の娘のように、愛して育ててくれた。実際は娘だったのだが、そんなことは関係ない。シスターの愛は昔も今も色褪せない。


「そこから芋づる式に、リリアンが聖女を匿っていたことが教会にバレ、後はモナが話した通りだよ」


 祖父は眉を下げながらエレノアを見た。


「私たちは手出しすることも出来なかった。許して、エレノア……」


 祖母は涙ながらにエレノアに謝罪した。


「エレノアを犠牲にして私たちは普通の暮らしをしていた。本当にごめん」


 隅にいたモナもエレノアに頭を下げる。


 イザーク以外、全員がエレノアに頭を下げている。エレノアは慌てつつ、すう、と息を吸って吐いた。


「私も、シスター……母を助けられなくて、すみませんでした!!」


 エレノアは立ち上がり、勢いよく頭を下げる。


「エレノア!!」と、三人がエレノアに駆け寄った。


「シスターはずっとエレノアに謝ってたよ。エレノアのことを恨んでいない!」

「そうよ、エレノア。リリアンはあなたを愛していたのに、守れずにずっと後悔していた」

「リリアンは君の幸せをずっと願っていたよ」


 祖父母とモナが次々にエレノアに語りかける。


「母子して後悔しあっていたんだな。もう、その荷物を下ろして良いんじゃないか? そうしないと母上も安心出来ないだろう」


 隣にいたイザークも立ち上がり、エレノアに優しい表情をして言った。


(あ……)


 エレノアの心の奥深くにあった後悔やドロドロとした感情が、瞬間、ふわりと落ちていく感覚が、した。


「エレノア、私たち、シスターのためにも幸せにならないと!」

「エレノア、リリアンもそう望んでいるわ」


 モナと祖母が泣きながらエレノアを抱きしめる。エレノアも涙を流しながら頷いた。


 祖父はイザークに向き直ると、頭を下げて言った。


「どうか、エレノアをよろしくお願いいたします。幸せにしてあげてください」

「はい。命にかけても」

「ザーク様……重い」


 祖父の言葉に、イザークが真面目な顔をして答えるので、エレノアは思わずツッコんでしまう。


 その場にいた皆がエレノアの言葉に笑顔になった。


(死に勝る愛情……か)


 離れの庭でイザークと一緒に見たミモザの白い花が、エレノアの脳裏に蘇る。


「私、もう幸せですよ!」


エレノアの笑顔に、イザークの顔も蕩けた。



「ザーク様、今日はありがとうございました」

「いや、俺も君の大切な人たちに挨拶がしたかった」


 エレノアとイザークは、スミス伯爵領の墓地に来ていた。


 リリアンの眠る墓石の前に二人で並び立つ。


「シスター……、お母さん、私を守ってくれてありがとう。私、幸せだからね」


 祖父母に用意してもらった花束を墓石に添えて、エレノアは呟いた。


「母上、エレノアは俺がこれから一生守りますので安心してお休みください」


 墓石前にしゃがむエレノアの横に、イザークもしゃがみ込み、リリアンに誓う。


「ザーク様、だから重いです」

「そうか? 俺はいつも真剣なんだが……」


 ふふ、と笑うエレノアに、イザークは真剣な表情で覗き込む。


「私だって、ザーク様を守りますからね?」

「……もう守ってもらっている」


 エレノアがイザークを覗き込み返すと、両手で身体を起こされ、その場で抱きしめられる。


 もう季節ではないというのに、ミモザの香りがエレノアの鼻を掠める。


 その香りに安心して、エレノアはイザークに身を預けた。

 

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