第46話 聖女派遣商会設立

「ああ、来たね。やっと会えた」

「お初にお目にかかります、殿下」


 数日後、王城に呼び出されたエレノアは、イザークと共に第一王子、フィンレーの執務室にやって来た。


 執務室にはオーガストもいて、促されるまま席につく。隣にはイザーク、向かいにはフィンレーとオーガストがいる。


「イザークの想い人がどんな子かずっと会ってみたかったんだ。まさか、従妹だったとわね」


 フィンレーはふふ、と笑いながらもエレノアを優しい表情で見つめた。


「うん、その空色のドレス、よく似合うよ。イザークもニヤニヤしているし」

「……殿下」


 王族だというのに気さくな物言いに、エレノアは驚きで目を瞬くばかり。そんなフィンレーにイザークが釘を刺す。隣のオーガストは吹き出しそうなのを我慢している。


「お話とは?」


 からかうようなフィンレーとオーガストに、イザークは本題に入る。ここでもイザークはいじられキャラらしい。


「ああ、今日呼び出したのはね、オーガスト」


 まだ嬉しそうに笑うフィンレーは隣のオーガストに目線で合図を送ると、こらえきらず笑みを浮かべていたオーガストが頷く。


「義姉上は、王弟殿下のご息女でした。本来なら王族にすぐさま迎え入れられるのですが……」

「え、それは嫌です」

「ですよね」


 オーガストの言葉に、エレノアは本気で嫌そうな顔をする。オーガストもわかっていたようだった。


「エレノアには自由にさせたい」

「わかっていますよ、兄上。それに義姉上はもう、カーメレン騎士団長の奥方。どちらかと言えばカーメレン公爵家の人間です」

「つまり?」


 イザークの言葉に嬉しさを覚えつつも、オーガストのまだるっこしい言い方に、エレノアは結論を急いだ。


「叔父上の娘である君を無視することも出来ないんだよ」


 目の前のフィンレーが眉尻を下げながら言う。


「でも、今更、私が王族だなんて言われても……」

「まあ、そこで、あなたには大聖女として活躍してもらいたい」

「だい、せい、じょ?」


 困惑するエレノアにオーガストが放った言葉は、増々エレノアを困惑させるものだった。


「教会は解体されましたが、聖女はこの国に必要不可欠。かといって王家が関わりすぎるのも良くない。なので、貴方には聖女派遣商会の大聖女として上に立ってもらいたい」

「…………は?」


 オーガストの説明を一度頭の中で整理する。


「……は?」


 エレノアは理解出来ず、同じ言葉を繰り返した。


「サンダース商会が出資もしてくれるそうですよ」

「マルシャの家? そうだ! マルシャたちは大丈夫だったんですか?!」


 あの事件からゴタゴタしてマルシャに会えていなかった。教会から脅されていたようだが、マルシャたちが罪に問われることになるのは避けたい。


「大丈夫ですよ。あの人たちも被害者ですから。ただ、今回の聖女派遣商会の設立には多大な貢献をしてもらいましたけどね」

「王家が表立って出来ない分、助かったな」


 ははは、とオーガストとフィンレーが笑い合う。


(それも脅しているのでは……?)


 笑い合う二人にエレノアは恐怖を覚えつつ、笑顔が引き攣る。


「まあ、冗談はここまでで」

「冗談じゃないですよね?!」


 オーガストがしれっと話を変えるので、エレノアは思わずツッコんでしまう。


「きちんとした待遇で聖女を仕事として扱う。貴族の聖女のほとんどは下位と呼ばれる聖女たちの手柄の横取りで、力なんてありませんでした。だから、ほとんどが虐げられてきた聖女たちで構成されます」

「あ……」


 教会に搾取されてきたことは許せない。ただ、自分に力があるなら、困っている人を助けたい。命を見捨てることはもう二度としたくない。


 エレノアはオーガストに言われ、自身の気持ちを再確認する。


「あなたには、その力もあります。どうか、引き受けていただけませんか?」

「あ……」


 やりたい気持ちはある。本当に自分で良いのか。迷うエレノアの肩に、イザークの手が添えられる。


「エレノア、君がやりたいことは俺も応援するし、力になる」

「ザーク様……」

「それに、虐げられてきた聖女たちを理解し、幸せに出来るのは君だけだと俺は思う」


 イザークの言葉がすとん、とエレノアの心に落ちる。


(国民のためだけじゃない。私は、私と同じように搾取されてきた聖女たちにも幸せになって欲しいんだ)


 いつでもエレノアの心をすくい上げてくれるイザークに、エレノアは涙が込み上げてきそうになる。


 優しい空色の眼差しは、まっすぐにエレノアを後押ししてくれた。


「はい。私でよければ精一杯、努めさせていただきます」


 フィンレーとオーガストに向き直り、まっすぐにエレノアが答えると、二人は嬉しそうに微笑んでくれた。


「父上も君に会いたがっていたが、何ぶんご多忙でね。君たちの結婚式には出席するだろうから、その時にね」

「国王陛下が?! そんな恐れ多い!!」


 フィンレーの言葉に、まだ王族の一員だと実感が湧かないエレノアは飛び上がる。と同時に首を傾げた。


「ん? けっ、こん、しき??」

「君と俺の結婚式だ」


 困惑するエレノアに、隣のイザークが甘くはにかむ。


「ふえ?! い、今更ですか?! 結婚してるのに?」

「今更じゃない。君は最初、離婚しようと思っていたし」


 驚くエレノアに、イザークは頬を膨らませて言う。その可愛らしい仕草にエレノアはキュンとしつつも困惑する。


「君は俺の愛を受け入れてくれた。結婚式で確かなものにしたい」

「あ、あの……」


 甘い顔のイザークの距離が近い。近すぎる。


「君の全てを一生俺の物にすると言ったろ? 神の前でも誓うよ、エレノア……」

「だから距離感、おかしいですって――」


 甘い言葉を甘い顔で囁くイザークに、エレノアは心臓が耐えきれなくなり叫んだが、イザークの腕の中に捕らわれてしまい、身動きが取れない。


「ほう、これは珍しい物を見せてもらった。オーガストの話だけではにわかに信じられなかったからな」

「義姉上は本当に凄い人ですよ」


 二人のやり取りに、目の前にフィンレーとオーガストがいたことを思い出し、エレノアの顔は余計に赤くなる。


 いつもならここで離れるイザークもエレノアをしっかり留めて離さない。


「ちょ、ザーク様、人前!!」

「結婚式、挙げてくれるよね、エレノア?」

「挙げます、挙げますから――!」


 結婚式を挙げたいって、乙女の言う台詞では?


 エレノアは心の中で突っ込みつつも、イザークに叫んだ。


 目の前の二人の視線が生暖かく、いたたまれなかった。

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