第47話 真実の愛
「エレノア様、綺麗ですよ」
「ありがとう、エマ」
王城近くの大聖堂の控室。エレノアは純白のドレスにサファイアで揃えられたアクセサリーに身を包み、目の前の鏡を見た。
「お二人ともお忙しくなられてゴタゴタしていましたが、今日この日を無事に迎えられて良かったです」
鏡越しにエマと目が合うと、滲む涙にエレノアもつられそうになる。
大聖女の役割を引き受けたエレノアは、聖女を派遣するにあたって、きちんと交代制にすることを取り決めた。有事には全員で取り掛かるが、それ以外はきちんと休息を取り、お給金も貰う。
人らしい生活と高待遇に、今まで虐げられてきた聖女たちは輝きを取り戻して働いている。むしろ、力が強まっている気もする。
『幸せな環境が聖女の力を増幅させるのかもしれませんね。義姉上もそうだったように。これは興味深い』
時折報告に行くオーガストは、眼鏡をクイ、と上げながら口の端を上げた。
(オーガスト様はこうなることをわかっていた気がする。敵には回したくないわね)
かくいうエレノアも、聖女の力が上がってきているのは確実だった。聖水は国中に行き渡り、助かる命が無視されることは無くなるだろう。
『国のためにこれからも兄上の重い愛でドロドロに甘やかされてくださいね』
オーガストからは、からかい気味にそんなことも言われた。
想いを確かめあってから、イザークの糖分は増しましで、戸惑いつつも、エレノアはくすぐったくも幸せを感じていた。
(何か悔しい……)
オーガストの言う通り、イザークに愛されて心が満たされ、幸せで、力が増幅しているのは確かだった。
「エレノア」
イザークのことを考えていると、本人の声がノックと共にして、エレノアはドキリとする。
「ああ……エレノア……綺麗だ」
エマがドアを開け、イザークは控室に入って来るなり、蕩けそうな顔で褒めてきた。
「タイミング良すぎません?」
支度が終わってすぐさま駆けつけたイザークに、エレノアはついそんなことを口走る。
(ザーク様もカッコイイ……)
イザークは正装で、真っ白な騎士服に身を包んでいる。胸元にはミモザのミニブーケが挿されている。
照れ隠しでそんなことを言ってしまい、顔を背けると、エマがエレノアの肩にポン、と手を置く。
「私が知らせたんですよ。まあ、お早いご到着はイザーク様が走って来られたからでしょうけど」
「え?」
イザークをからかうように言うエマに、エレノアは別の意味で首を傾げる。
「エマ、ずっと私と一緒にいたよね?」
どうやって?という表情のエレノアに、エマは「ああ」と言って笑う。
「私は手紙を転移させる能力を持っているのです」
エマは人差し指でふわりと文字を書くと、それは手紙に形を変え、一瞬で消える。エレノアが目を瞬いたのち、その手紙はエレノアの手の中に納まっていた。
「ええ?!」
「エレノアが教会に囚われた時もエマの能力のおかげで場所を特定出来た」
驚くエレノアに、イザークが説明を付け足す。
「え?! だからあの時、エマもついてきてくれたの?」
「イザーク様なら必ずエレノア様を助けに来られると思ったので」
ふふ、とエマはその美しい顔を緩め、人差し指を唇に当てた。
(し、知らなかった……。カーメレン公爵家、底が知れないわ……)
「エレノア様、これ」
まだ目を丸くしていたエレノアにエマはミモザのブーケを手渡す。
「どうして……時期じゃないのに」
「サンダース商会が用意してくれました。魔法で保存している花屋に伝があったようで」
ふわりと甘いミモザの香りがエレノアの鼻を掠める。
「嬉しい。私の好きな匂い」
エレノアはすう、とミモザの香りを吸い込む。
「エレノアはこっちだろ」
ミモザに顔を埋めていると、イザークから腰を引き寄せられ、あっという間にイザークの胸の中へとうずめられる。
「ザーク様……」
安心するミモザの香りに酔いそうになる。
「ああ、マルシャが、離婚したらいつでもお嫁においで、って言っていましたよ」
「何だと?!」
控室を出る間際にエマがいたずらっぽく言うと、イザークは眉根を寄せた。
それを見たエマは、ニヤニヤしながらも部屋を出て行ってしまった。
「ザーク様、子供の言うことですから……」
こんな日までエマにからかわれるイザークに、エレノアはクスクス笑いながら言う。
「子供でも男は男だ」
「サミュもそんなこと言ってましたね」
「サミュが?」
マルシャに「お嫁さんにしてやる!」と言われた時のことをエレノアが話すと、イザークの顔は増々険しくなっていった。
「あの、ザーク様?」
むむむ、と顔をしかめるイザークに、不安になりながら顔を上げると、イザークは懇願するように言った。
「エレノア、君の全てを一生俺の物にする。その代わり俺の愛も一生君だけの物だ。だから、他の男をその瞳に映さないでほしい」
「……ザーク様、重いです」
真剣な空色の瞳にどきん、としながらもエレノアは突っ込む。
イザークはしょんぼりとした表情でエレノアを見つめる。
(まったく、この人は……)
「ザーク様、はい」
エレノアは机の上にあったいちご飴を一粒イザークの口に運ぶ。
果実飴屋は、力の弱い聖女たちに引き継ぎ、今も王都で繁盛している。
聖女の仕事で忙しいエレノアは、果実飴屋を続けることが出来なくなった。寂しいけど仕方ない。
このいちご飴は、今日のために久しぶりに作った。
イザークは差し出されたいちご飴を反射的に口に入れた。
「……美味しい」
「初めて会った時も、そんな顔をしてくれましたね。思えば、ザーク様に恋をした瞬間かもしれません」
「…………!」
いちご飴をもぐもぐするイザークは、言葉を出せないが、表情で喜んでいるとわかった。
「表情をコロコロ変えるあなたから目が離せなかった。今は優しいザーク様のことを知っているけど、あのときはわからなかったから。教会の差金だと思って……」
キラキラと光る目の前の空色の瞳を見つめ、エレノアは続けた。
「もし、そんな表情をさせるのが私なら、私だけがさせたいです」
エレノアが頬を染めながらも、イザークに微笑むと、イザークはエレノアの腰を寄せて、口づけた。
いちごの甘い香りと味が、イザークからエレノアへとじわりと移るのを感じる。
「もちろんだ……俺に色んな感情をくれるのは君だけだ、エレノア」
熱っぽく甘いイザークの声が、エレノアの耳のひだをくすぐる。
「そうだ、これ」
イザークは胸元から小さなボトルを取り出してエレノアに差し出す。
「これ……」
イザークの手には、ぶどうの香りのハンドクリーム。
「冬の果実は何だろうか?」
「……ザーク様、気が早すぎ!」
ハンドクリームを手渡し、イザークが尋ねるのでエレノアは可笑しくて笑った。
「それに、監修はしてますが、私はもう果実飴屋をやっていません」
「果実飴は俺たちの……俺がエレノアに再会した時の特別な物だ。だから、エレノアは俺だけに作っていれば良い」
「……だから重いです、ザーク様」
真剣なイザークに、エレノアは笑いながらも突っ込んだ。
イザークはエレノアの手を取り、ミモザの指輪に口付ける。
「俺の愛を受け入れてくれたのでは?」
「う……」
至近距離で囁くイザークに、エレノアは頬を染めながらも頷いた。
瞬間、ミモザの香りに包まれたエレノアは、幸せで満たされた。
真実の愛を知ったエレノアとイザークは、これからも約束を繰り返しながら、幸せに暮らしていく。
☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:
お読みいただきましてありがとうございました!!このお話はここで完結です!
エレノアとイザークを見守っていただきまして本当にありがとうございました!
この作品はカクヨムコンに参加しております。少しでも楽しんでいただけましたら、★★★で応援していただけますと、励みになりますm(_ _)m
そして、お話は完結しましたが、番外編の公開を
予定しております!是非作品をフォローしておいていただけますと通知がいきますのでよろしくお願いいたします(人´∀`).☆
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