第2話 騎士様の目的は?

「今日はオレンジを貰おうか」

「……ありがとうございまーす」


 翌日、騎士はまた行列に並んでやって来た。


 今日は何も言わず、一言目は注文だけ。


(よっぽどここの果実飴が気に入ったのかな?)


 エレノアは営業スマイルを引き攣らせながらも、騎士にオレンジ飴を手渡す。


 すると騎士は、ガシッとエレノアの手を掴み、整ったその容姿、空色の瞳でエレノアを見つめた。


「エレノア殿……」


 きゃーー!!


 行列に並んでいたご令嬢たちから黄色い叫び声が飛んだ。


 まるで顔の良い騎士が、飴屋の売り子を口説いているかのような構図。


(これって、騎士様にとっても不名誉なんじゃない?)


「……営業妨害ですよ?」


 掴まれた腕を静かに払い、エレノアは努めて笑顔で騎士に言った。


「す、すまない……!」


 騎士は慌ててエレノアから離れると、スゴスゴとイートスペースに向かった。


(何なんだろう、あの人は。私を連れ戻しに来た教会の差金じゃないのかしら?)


 素直に謝罪をして、しょんぼりとイートスペースに向かう騎士が、何だか可愛い、とエレノアは思った。


 昨日の飴を食べている姿といい、その可愛らしさに、警戒心剥き出しの自分がバカみたいに思えた。


 飴を口にして、顔を輝かせている騎士を見て、エレノアはまた顔を綻ばせてしまう。


 気付けば、騎士はまたあっという間にご令嬢たちに囲まれてしまっていた。


(しかし、連日飴を食べに来るなんて、騎士団って暇なのかしら?)


 そんなことを思いつつ、エレノアは今日も果実飴を完売させた。


 お店の片付けをしながら、誰もいなくなったイートスペースを見る。


 騎士は今日も果実飴を食べると、帰ってしまったようだ。


(本当に何なんだろう? やっぱり、単純に飴が気に入っただけ?)


 でも、昨日確かに彼は『迎えに来た』と言っていた。


 エレノアを使うだけ使ってボロ雑巾のように捨てた教会。


 聖女の力が弱まって追い出されたものの、聖女自体数が少なく、万年人手不足だ。


 後ろ盾がある貴族令嬢様は聖女としても優遇され、華やかな儀式を任されているが、孤児出身であるエレノアは、ひたすら雑務をしていた。


 ごくたまに、人手が足りない時は表に出て治癒行為を行う。それ以外は、“聖水”と呼ばれる、回復薬をひたすらに毎日作らされていた。


 エレノアは、10歳で教会に連れていかれてからは、休みなんてほぼ無かった。倒れることも許されず、体調が悪くても毎日毎日、聖水を作っていた。


 それでも、エレノアの力が世の中の役に立っているんだ、という誇りと、シスターに送金される寄付金を思うと、踏ん張ってやって来れた。……なのに。


 力が無いからと捨てたのに、今更連れ戻しに来たのか。


(ああ、面倒だ。私はこの暮らしを守りたいのに)


 女将に迷惑をかけることを考えたら、もしあの騎士が強硬手段に出るならば、大人しく従うべきだろう。


 はあ、とエレノアは大きな溜息をつく。


 教会では二度と働きたくない。


 あんなやりがい搾取な、人を人とも思わない魑魅魍魎な場所。


(何が聖女。何が教会。あんな場所には二度と戻りたくないのに)


 はあーー、とエレノアは再び大きく溜息をついた。


(あの人の良さそうな騎士様が無理矢理、なんて考えにくいけど、見た目で判断なんて出来ないものね)


 相手はルアーナ王国の騎士。警戒しなくては。


 そう思うのに、エレノアの脳裏に浮かぶのは、果実飴を美味しそうに頬張る騎士の可愛らしい姿だった。


 それから、騎士は果実飴を販売する日には必ず顔を見せた。


 常連と成り果てた騎士が通い続けて二週間。


 事態が動いたのは、休みの日だった。


「エレノア、配達お願い出来る?」


 果実店の二階の部屋を間借りしているエレノアは、休みのため、布団の上でゴロゴロとしていた。


 週4日の果実飴の販売は、女将が果実の仕入れをし、飴の仕込みは二人で、エレノアが仕上げをする。そして、売り子はエレノア。お昼頃から販売を開始して、夕方にはいつも完売する。


 同時に果実店の方も営業していて、女将がお店を見ている。


 残りの三日は基本休みだが、果実の注文が入れば、それに対応している。


 果実飴のおかげでお店は繁盛して、お休みもきっちり取れている。


(やっぱり、仕事を頑張るためにはしっかりと休息を取らないとね)


 教会を追い出されて、果実店で働かせてもらうようになったエレノアは、果実飴が軌道に乗り、まさに働き方改革に成功したのだ。


「はい! 任せてください!」


 休みの日に入る果実の注文も多いわけではないので、いつもは女将が対応している。


 たまに大量注文が入るときはエレノアも手伝いをするが、単独で配達をお願いされるのは珍しい。


(まあ、一件くらい)


 エレノアは元気よく女将に返事をすると、彼女は頬に手を当てて、少し困ったように言った。


「最近よく注文してくれる方なんだけどね、今日になって、エレノアに配達して欲しいってご指名なんだよ」

「ご指名?」


 女将の言葉に、エレノアはぎょっとする。


「配達はどちらなんですか?」


 まさか教会関係じゃないよね、と思いながら恐る恐る女将に尋ねれば、意外な答えが返ってきた。


「カーメレン公爵様のお屋敷だよ」

「カーメレン、こう、しゃく、家??」


 女将の答えにエレノアは口をパクパクとさせた。


(カーメレン公爵家は私だって知っている。王都に構えるハウスタウンはとても大きくて)


 確か、聖女の頂点に立つご令嬢が、そちらのご子息の婚約者だとか何とか、噂を聞いたような気がした。


(聖女と関わりがある家ならマズイけど、そんな大貴族様の注文を断るわけにもいかないよね)


 軌道に乗っているとはいえ、王都の小さな果実店一つ握り潰すなんて、公爵家には簡単なことだろう。エレノアがそんなことを考えていると、女将は斜め上のことを言ってきた。


「もしかしてエレノア、見初められたんじゃないかい?」

「ええ?!」

「だってエレノアは可愛いもの」


 冗談なのか、本気なのか、女将はふふふと笑って言った。


(うん、身内の欲目だね)


 孤児院出身で教会を追放された下っ端聖女の私が公爵様に見初められる訳がない、とエレノアは心の中で自分を卑下した。


 エレノアの銀色の髪も、金色の瞳も珍しくは無いし、どこにでもいる女の子だ。


 女将に拾われた今では、身綺麗にすることも叶ったが、教会にいた頃はズタボロの布を纏っていた。手は未だにボロボロだ。


 エレノアの奇跡の力は他人に使えても、自分には効かないらしい。


「とにかく、行ってきますね」


 自分のボロボロの手を見て、ふう、と溜息をついたエレノアは、女将に気合いを入れて言った。


 

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