第3話 カーメレン公爵家へ

「うわ、でっかい………」


 注文の果実を籠に詰め、お店から徒歩でやって来たエレノアは、その大きなお屋敷を見上げて、つい声に出してしまった。


 遠くから見たことのある、このカーメレン公爵家のハウスタウンは、近くで見ると、思っていたよりも更に大きかった。


「いや、語彙力……」


 口をぱっかりと開けて立ち尽くすエレノアは、自分にツッコミを入れた。


 立派な門構えに気圧されつつ、エレノアは門番に声をかけた。


「エレノア様ですね。どうぞ」


 門番に促され、敷地に足を踏み入れる。


(えっと、玄関が見えないんですけど……)


 門番の後ろにくっついて、立派な庭園を横目に、玄関までの石畳を歩く。道を挟むように植えられたミモザの黄色が見事なまでに彩り、お花畑のようだ。


(こんな立派な公爵家の方が、私を名指しなんて、どんな用件なんだろう?)


 女将のお店の果実は本当に美味しい。だから、単純に「ここの果実が食べたくて」って理由だったら良いのに……!とエレノアは思った。


 でも、それだけの理由なら、わざわざエレノアが名指しにされることは無い。


 はあー、と溜息をつく。


 教会にいた頃は溜息をつく暇も無かった。今は自分に余裕があるということだろう。それは喜ばしいことだけど……。


(にしてもだよ。騎士様が現れてから、私は溜息ばかり)


 せっかく自分らしく生活出来るようになったのに、エレノアには余計な心配事が増えた。


「ようこそお越しくださいました」


 長い石畳を考え事をしながら歩いていると、エレノアはいつの間にか玄関にたどり着いていた。


 広い玄関ホールの入口には、黒い執事服の中年男性が立っていた。


 流石、公爵家。品の良い執事は、流れるような動きでエレノアを室内へと招いた。


 エレノアはここまで案内してくれた門番にお辞儀をすると、今度は執事の後ろを付いて行く。


 立派な絵画やら、骨董品やらが立ち並ぶ広い廊下をこわごわと見ながら、ひたすら着いて行くと、客間らしき部屋にたどり着いた。


(迷子になりそう。これ、帰りも案内してもらえるよね?)


「エレノア様、いらっしゃいました」


 エレノアの前に立っていた執事が部屋の主に声をかける。


 エレノア、。そんなふうに呼ばれたことは無いので、何だかくすぐったい。


「御苦労、ジョージ。下がって良いよ」


 部屋の中の主が執事にそう声をかけると、彼は部屋の中にお辞儀をして、今度はエレノアに向かってお辞儀をした。


 エレノアも慌ててお辞儀をすると、執事はにこりと微笑んで去って行った。


 その素敵な仕草に惚れ惚れしつつも、エレノアは部屋の方に向き直り、息を整える。


「失礼いたします……」


 恐る恐る部屋の中に入ると、大理石のサイドテーブルを囲むように一人用のソファーと、三人くらい座れそうな大きめのソファーがある。


「呼び出してすまないね」


 一人用のソファーに腰掛けていた男が口を開く。


 サラサラの栗色の髪と整った顔。眼鏡の奥の空色の瞳は、凛々しくて男前。


(こんなイケメンを私は知っているような?)


「ご注文ありがとうございます。果実を届けに参りました」


 そんなわけないよね、とエレノアは心の中で突っ込む。


 部屋の中のただならぬ空気に、単純に果実の注文をした訳ではないと悟ったエレノアは、ごくんとつばを呑んだ。


「こんな所まで呼び出してすまない、エレノア殿……!」


 緊張して固まっていると、最初に声をかけてきた男とは違う声が、横からした。


 大きなソファーの端に、どうやらもう一人座っていたようだ。


 エレノアはその男を見て驚いた。


「騎士……さ、ま?」


 果実飴を連日買いに来ていたイケメン騎士、その人だったからだ。


 騎士はソファーから立ち上がると、エレノアの側まで駆け寄り、ぎゅう、と手を握りしめた。


「?!」

「エレノア殿、驚いただろうが、どうか話を聞いて欲しい」


 懇願するように手を握りしめ、エレノアを見つめる騎士。


(ち、近い……、近いです!!)


 イケメン騎士に寄られて顔を真っ赤にするも、騎士は離れてくれない。エレノアよりも高い背を屈ませて、顔を近付けている。


(お店に来ていた時もだけど、この人、距離感おかしくない?!)


「それでは話が出来ませんよ、兄上」

「あ、す、すまない……」


 兄上。


 どうやらソファーに座っている男は、騎士の弟らしい。どうりで似ているし、イケメンだ。


 弟の声がけで、ようやく騎士が離れてくれたので、エレノアはホッとする。まだ顔が熱い。


(しかしこの騎士様、公爵家の方だったのか。なら、尚更何で街の果実飴なんかを?)


 エレノアはつい疑いの目で騎士を見れば、彼はエレノアに無邪気な笑みを向け、ソファーまで手を引いてくれた。


(うっ、可愛い……)

 

 不意に見せられたその笑顔に、エレノアは胸がキュンとしてしまう。イケメンなのにその笑顔はズル過ぎる。


 騎士に促されるまま、エレノアがソファーに腰を下ろすと、彼もすぐ隣に座った。


「さて、君を呼び出した理由だが……」


 ソファーに座ったエレノアたちを見届けると、弟が口を開いた。


 エレノアは膝の上で両手をギュッと握りしめて、続きを待った。


 教会には二度と戻りません!!


 そう言う準備は出来ている。もし、女将を人質に取られるようなら、観念するしかない。


 エレノアは緊張が走るこの部屋の空気に、グッ、と決意を固めた。


「君には兄上と結婚してもらいたい」

「はあ?!」


 エレノアにとっては一大事な決意をしたのに、弟から言われた言葉は予想もしないことだった。

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