第4話 本題
不敬なのはわかっている。
(でもでも、私は大事な決意を今したのよ? この人、今何て言った?!)
「けっ、こん」
気付けば、思わずバカみたいに弟の言葉をエレノアは繰り返していた。
「ああ、自己紹介がまだだったね。私はオーガスト・カーメレン。イザーク兄上の弟だ」
「順番が逆じゃないですかね」
名前なんて今更どうでも良いわ、と思いつつも、エレノアは思わず突っ込んでしまう。
「エレノア殿、すまない」
エレノアの言葉を聞いたイザークは、逞しい体躯のくせに、まるで子犬のようにその瞳をうるうるとさせた。そんな顔をされては、怒る気にもなれない。
はあ、と溜息を一つつくと、エレノアはイザークに笑いかける。
「騎士様はイザーク様と仰るんですね」
「兄上……?」
エレノアの言葉にオーガストが反応すると、フルフルと震えだした。
どうしたんだろう?と思うと同時に、オーガストが憤慨した。
「まさか、名乗ってすらいなかったとは……!!」
「す、すまない……!」
慌ててオーガストに謝るイザーク。これではどちらが兄なのかわからない。
微笑ましくてつい笑ってしまう。
「すまなかったエレノア殿。君に会えて舞い上がってしまっていたようだ」
「ええと?」
再び近い距離でイザークがおかしなことを言い出した。
「私が聞く耳を持たなかったからですよね、すみません」
(そうそう。教会に連れ戻されると思った私が、飴を売りつけて話を聞こうともしなかったからのはず)
「違う、君は仕事をしていただけだ。悪くない……」
「ええと?」
何だか熱っぽい瞳のイザークに詰め寄られている。
(具合でも悪いのかな? あ、何かさっき聞こえた、『結婚』に関係があるのかも。騎士様には何か病気があって、元聖女の私の力が必要とか? でも、私には何の力も無いのに)
「兄上」
ゴホン、とオーガストが咳払いをすると、イザークがパッとエレノアから離れる。
「す、すまない」
「いえ……」
(この人は、自分が顔が良いということをわかってないのかしら。心臓が破裂しそうだから、おかしな距離感をどうにかしてほしい……)
「本題に入ろうか」
顔を赤らめて距離を取ったエレノアたちに、オーガストがコホン、と咳払いをした。
「結婚、と言い出された理由ですね」
先に本題だろう、とまたまた心の中でツッコミを入れながらも、エレノアはにっこりと笑って大人しく続きを聞く。
(兄弟揃って、本当に……)
呆れつつも、エレノアはオーガストを見つめる。
「エレノア殿、貴方は聖女ですね」
「……追放された「元」ですが」
やっぱり聖女だとはバレていた。
聞かれた質問に対して、エレノアはあえて「元」を強調した。
「元、ですか……」
エレノアの返答に、オーガストは自嘲気味に口の端を上げる。
(何だろう?)
エレノアはその笑みに心の中がザワザワとして不安になる。
「大丈夫だ、エレノア殿」
そんなエレノアを見たイザークが、エレノアの手をギュッと握る。
優しい眼差し、優しい声色、その手の温かさに、エレノアの心が一気に凪いだ。
(騎士様に間近に来られて、さっきはあんなに落ち着かなかったのに、今は、酷く落ち着く)
きっと不安なエレノアを察知して、安心させてくれようとしてくれているイザークの優しさが伝わったからだろう、とエレノアは思った。
エレノアはイザークに頷くと、オーガストに再び顔を向ける。彼も、申し訳無さそうに微笑んだ。
「怖がらせてしまったなら、すまない、エレノア殿。これを見て欲しい」
そう言ってオーガストは立ち上がり、キャビネットの中から取り出した瓶を二本、大理石のテーブルの上に置いた。
「聖水、ですか?」
置かれた瓶を見て、エレノアはすぐにわかった。教会にいた頃、嫌というほど作らされてきた物だったからだ。
(あれ?でも……)
「流石、貴方が作っていただけあってわかりますか」
エレノアの表情を見たオーガストがにっこりと笑って言った。
聖水を誰が作ったかなんて、公開はされていない。あくまで、『聖女が作ったもの』。その功績の多くは、貴族令嬢である聖女様たちに持っていかれる。
(……この人、どこまで私のことを調べているのかしら)
公爵家の調査力に驚きながらも、エレノアはオーガストに指さして言った。
「これは私が作ったものですが、もう一本のは
自分が作った物は、銀色の光がキラキラとして目に映るので、エレノアにはわかる。でも、もう一本の方は、様子がおかしい。光が薄れ、無いに等しいほどだった。
「なるほど。聖女にはそう見えるのですか」
納得したオーガストが、ふむ、と手を顎の下にやる。そして、エレノアの能力について核心をついた。
「エレノア殿、貴方の奇跡は、口にする物に付与してこそ発揮されるのですね」
「!」
言い当てられたエレノアは、びくりと肩を揺らす。
まだ手を握っていてくれたイザークが、「大丈夫だ」という目で更に強く手を握ってくれたので、エレノアは呼吸をし、オーガストに向き合う。
「何故、わかったのですか?」
真っ直ぐにオーガストに向き合えば、彼はふっ、と笑みを溢した。
「ああ、すみません。私には『鑑定』の力があるんです」
「かん、てい」
不敵な笑みで、二本の瓶を揺らすオーガストに、エレノアは驚いて、言葉を繰り返した。
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