第5話 今度こそ本題

「そう、私には、物の品質を鑑定出来る能力があるのです」


 にっこりと説明するオーガストに、エレノアは驚いて開いた口がふさがらなかった。


 『鑑定持ち』を見たのなんて初めてだ。というか、その能力自体、幻の能力と言われているのだから。


「内緒ですよ」


 にっこりと人差し指を口元に置きながら、オーガストが言う。


「何で私に話したんですか……」


 そんな重大の秘密を聞いてしまったエレノアは、もう逃れられない気がした。


(この人たちの目的は何なの?)


「このもう一本の聖水、貴方が作った物ですが、水で薄められています」

「え?!」


 オーガストの説明にエレノアはギョッとした。


『この聖水が多くの病気の人を救っているのだ』


 神官長の声がリフレインする。


 嫌な予感に、オーガストは更に最悪な話を続ける。


「完全品はごく一部の貴族にしか出回っていません。しかも少量、高額で。この水で薄めた物が一般的には出回っています」


 オーガストの言葉に、エレノアはがくりと身体の力が抜ける。


(私が一生懸命してきたことって……)


「大丈夫か?」


 イザークがエレノアの身体を支えてくれ、覗き込む。


「はい……ありがとうございます」


 全然大丈夫ではなかった。でも、そう言うしかない。大丈夫、と言い聞かせてエレノアは生きて来たのだから。


 力無く、へらりと笑ってみせると、イザークはエレノアを抱き寄せた。


「騎士様?!」

「……無理して笑わなくて良い……!」

「!!」


 どうしてあなたは。


 またしても心の中を覗かれているような気持ちになって、エレノアは恥ずかしいやら嬉しいやらで泣きそうになる。


「兄上、」


 コホン、とオーガストの咳払いで、イザークがハッ、と離れる。


「す、すまない」

「いいえ……」


 何度かしたこのやり取りも、すっかり慣れつつある。


「そして、これだ」


 再びオーガストに顔を向けたエレノアに、彼が差し出して見せたのは、エレノアが販売する果実飴だった。


「昨日使用人に買いに行かせた」


 目を丸くしているエレノアに、オーガストがすかさず説明をする。


「あ、ありがとうございます?」


 状況を理解出来ないエレノアは、思わず疑問形でお礼を口にしていた。


「エレノア殿、この飴に聖女の力を注いでいますね?」

「え?! してません!」


 思わぬ言葉に、すぐさまエレノアは否定をする。しかしオーガストは困ったように溜め息を吐いた。


「……無自覚か……」

「へっ……」

「君は、君の聖女の力が口にするものに付与してこそ、というのは自覚している」

「はい……」

「飴を作る時に力は?」

「飴を薄くするために力を使っているだけですが……」


 そこまで質問に答えると、オーガストはまた溜め息を吐いた。


「君のその力が強いため、意志に関係なく飴に付与されてしまっているようだ」

「ええ?! そんなはずありません!」


 エレノアはオーガストの言葉に驚いた。


(だって、私は用無しになって教会を追放されたのよ?!)


 驚きつつも、エレノアはきっぱりとオーガストに言い切る。


「私は聖女の力が枯渇し、教会を追放されました。確かに、付与の力の方が高いことを教会側は知りません。それでも、力が弱まったことには変わりありません」


 飴に力が付与されていたなら、エレノアにも銀の光が見えたはずだ。それが見えない、ということは本当に支障のない僅かな力なのだろう。そんな僅かな魔力すらもわかってしまうなんて、「鑑定」持ちは恐ろしい。エレノアはオーガストの能力にぞくりとした。


(でも、人を癒やすことも、聖水を作ることさえ出来なくなった私なんて用無しなんだから)


「君は自己評価が低いんだな」


 そんなことを考えていると、エレノアの手を握り続けてくれていたイザークが悲しそうな顔でこちらを覗いた。


(どうして、あなたがそんな顔をするんですか……)


 アイザークの表情に、胸がきゅう、となる。


「とにかく、やっとここからが本題なのだが……」

「長かったですね」


 切なくなりながらも、エレノアはオーガストの言葉についツッコんでしまった。


「王家は今、この聖水について慎重に調べている。簡単には手出し出来ないから、秘密裏に証拠集めをしているところで……」

「ああ、私が証言者になるわけですね」


 そこまで聞いて、やっと理解した。でも……


「私は元孤児です。そんな人間の言葉が証言になるでしょうか?」


 教会の中でも下っ端だったエレノア。とても神官長様たちを糾弾出来る材料になるとは思えない。


「その力がエレノア殿だけしか使えないとしても?」

「へっ?」


 でも、オーガストは意外な事実を口にした。


「聖水を作れるのはエレノア殿だけ。その証拠に、聖水の水の割合が最近では増えている。そして、それを貴方が見分けられることを教会側は知らない」

「それでも私の言う事なんて……」


 なるほど、と思いつつもも、教会という大きな組織ならエレノアの言う事一つくらい捻り潰せそうだと思った。


「それに、貴方は無自覚かもしれないが、付与の力は今は眠っているだけで、まだ大きな力を持っている。そんなことが教会にバレれば……」

「……連れ戻されますね」


 オーガストの言葉に、エレノアはぞくりとした。


(……冗談じゃない!)


 力うんぬん、はよくわからないけど、またわからないままに教会に搾取されるのは嫌だ。


「そこで、教会側の悪事を暴くまで、貴方を保護したい」

「ああ、なるほど、それで結婚ですか……」

「話が色々それたが、やっと説明出来た」

「お疲れ様でした」


 エレノアは、話を終えたオーガストにお辞儀をして、ふと、疑問が浮かぶ。


「いや、だからって何で結婚?!」

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