第35話 運命の真相

「エレノア様!! ありがとうございました!!」


 日が傾き始めた頃、ようやく第一隊の騎士たちに聖水が巡り、全員の無事が確認できた。


 サミュは涙を浮かべながら、エレノアの両手を取ってブンブンと振った。


「またエレノア様に救われました。やっぱりあなたは私の女神です!! ありがとうございました!」

「そんな大袈裟な……でも、良かった。みんな無事で」


 サミュや、第一部隊のみんなの笑顔に安心しつつも、イザークにはまだ会えないらしい。エレノアにまだ心配事は残る。


「第一部隊で襲撃かけるか?」

「バカ! 団長を人質に取られているようなものだぞ、刺激するのは良くない」


 騎士たちの間にはそんな声も上がった。ただ、イザークの無事を願うしかない。


(エミリア様はザーク様のことが好きだもの。大丈夫だよね)


「というか、いつまで手を握っているのです? 兄上に殺されますよ」


 心配するエレノアに、オーガストの声が届き、ふと見ると、サミュに、まだ手を握られたままだった。


「勘弁してくださいよ! エレノア様は僕にとっては女神みたいなもので……」

「ほう、そうか、あなたが……」

「あ、そうです。団長が運命の出会いをするきっかけになった奴です」


 サミュから手を離されたものの、オーガストとサミュが謎の会話をしだす。


(前も運命とか何とか)


 エレノアが首を傾げていると、オーガストがエレノアに気付いて口の端を上げた。


「おや? 兄上からまだ聞いていなかったのですか? 二年前、今日と同じ状況で騎士たちを救うあなたに兄上が一目惚れしたことを」

「ええええ?!」


 オーガストの突然の爆弾発言に、エレノアは目を丸くする。


「そうですよ、僕たちをも大切にしてくれる団長は、教会に治療をするよう、かけあっていました。それでも教会は動かなかった。そこに、涙を流しながらも賢明に僕を治療するあなたに団長は目を奪われたんですよ」


 パチン、とウインクをしながらサミュがエレノアに説明する。


「それから、教会から聖女が派遣されるたびに団長はあなたを探していましたよ」

「教会には不可侵ですからねえ。あなたが来るのを兄上は待ち続けた、というわけです」

「ええと、任務の関係では……」


 二人がニヤニヤとしながらもエレノアに説明をするので、何ともいたたまれない。


「イザーク様がいつまでもウジウジと真相を話されないからです!」

「確かに」

「ははは、団長はエレノア様にヘタレっすからね」


 エマの言葉に二人は笑って肯定した。本人がいないのに、散々な言われようである。


「だから、最初からイザーク様の片思いだったんですよ? エレノア様」

「ふえっ?」


 エマの言葉にエレノアは顔が一気に赤くなるのがわかった。


「兄上に色んな表情をさせるのはあなただけです」

「氷の鉄壁を崩すなんて、さすが女神!!」

「ええと?」


 からかっているのか本気なのか、わからないほど真剣にオーガストとサミュが言うので、エレノアも困惑する。


「だから、離婚なんて言わないでください。エレノア様」


 エマが泣きそうな笑顔で言うので、エレノアも何だか泣きたくなった。


「え?! 離婚?」

「ちょ、エレノア様?!」


 エマの言葉にオーガストとサミュが慌てて反応する。


「イザーク様がやり方をしくじりやがりまして」

「はあ〜、兄上……」

「団長何やってんすか……」


 エマのざっくりした説明に、どんどんイザークが悪者になっていってしまう。


「ち、違うんです。あの……皆さんは本当にザーク様の相手が孤児の私で良いと……?」


 やんやと話す三人に、エレノアがおすおずと話すと、エマがくわ、と目を見開く。


「良いもだめもありません!! エレノア様しかイザーク様にはありえません!! まだそんなこと気にしていらしたんですか?」


 エレノアの肩を掴み、勢いよくまくしたてるエマに揺さぶられ、エレノアは視界が揺れる。


「そもそも、兄上の想い人と知って結婚を勧めたのは私です」

「ええ?!」


 何故かオーガストに溜息を吐かれたエレノアは、いやいや、と首を振る。


「いや、だって、教会糾弾のためと、ザーク様のご令嬢避けのためだって説明してませんでした?!」

「あなた、そう言わないとあの場では頷かなかったでしょう。兄上はあんなにわかりやすいのに……」


 オーガストを責めたつもりが、逆にエレノアに非があるかのように言われ、う、となる。


「少々強引でしたが、兄上のためです。あなたの前だと兄上は人間らしくあれる」


 イザークのためだからと、当然のように話すオーガストに、エレノアは何だか丸め込まれているような気持ちになる。


「それに、エレノア様もイザーク様を好きでしょう?」


 エマが畳み掛けるようにストレートに言葉を投げかけてくるので、エレノアはまた真っ赤になってしまう。


「イザーク様を心配してここまで来たのが、正直なエレノア様の気持ちです」

「私、は……」


 ザーク様が好き。


 そんなこと、ずっと前からわかっていたことだ。


 そんな単純な想いに色んな理由をつけてエレノアは遠ざけていた。


「私の過去を知ったら、ザーク様だって軽蔑するかもしれない……」


 この期に及んで尻込みするエレノアに、三人が言い寄る。


「イザーク様が?! 有り得ない!!」

「過去に何があったかは聞きませんが、兄上の重たい愛を舐めないほうがよろしいかと」

「エレノア様は騎士団の女神です!! 万が一にも団長がエレノア様を軽蔑するって言うんなら、第一隊をあげてデモを起こしますよ!!」


 三人の言葉にエレノアは目をパチクリとさせる。


「エレノア様! 団長を見捨てないでください!」

「俺、団長が話しかけやすくなったのはエレノア様のおかげだと思ってます!」

「エレノア様に捨てられたら、団長、また氷に戻っちまうよー!」


 回復した第一隊の騎士たちがいつの間にかエレノアたちを囲み、口々に声を上げた。


「みんな……」


「ね? イザーク様の隣にはエレノア様がいてあげないと」


 皆がエレノアをイザークの妻にと望み、認めてくれている。その事実に、積み上げた色んな言い訳が解けていくのをエレノアは感じていた。

 

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