第36話 人助け

「私はフィンレー殿下に事の次第を説明し、兄上の状況も探ってもらえるようにします」


 騎士団に留まっていたものの、エレノアたちはイザークに未だ面会させてもらえない。


「義姉上、貴方は聖水を騎士団にて行使しました。教会に見つかるリスクが高い。しばらくは公爵邸で身を潜めていてもらえますか?」

「わかりました。すみません……」

「人助けをして謝ることなんてありませんよ」


 今回のことにより、教会への糾弾が遠のいたかもしれないのに、オーガストは優しく笑って去って行った。


(やっぱり、カーメレン公爵家の人たちは優しいなあ)


「エレノア様、ご自宅まで送りますよ」

「え? 公爵家の私兵さんたちがいるから大丈夫だよ?」


 さて、とサミュが申し出るも、エレノアは慌てて手を振る。オーガストが半数連れて行ったが、訓練場にはまだカーメレン公爵家の私兵たちが残っている。


「僕も送りたい気分なんです!」

「ええ?」


 駄々をこねるようにサミュが言うので、エレノアも笑って了承した。隊長自らなんて豪華すぎる、とエレノアは思った。



「お願いします!! ここに大聖女様がいると聞いて来ました!」


 騎士団から帰ろうと入口にさしかかると、10歳くらいの男の子が瓶のような物を胸に抱えながら訴えていた。


「ええい、煩い! 帰れ!」


 男の子は入口の騎士に突き飛ばされると、地面に尻もちをついた。


「大丈夫?!」


 慌ててエレノアが男の子に駆け寄ると、男の子は腕の中の瓶を落とすまいと、大事そうに抱えていた。


「小さい子に何してるわけ?」

「これはサミュ隊長。第二隊は今、大聖女様の護衛にあたっています。あんな平民を近づけるわけにはいきませんので」

「だからって突き飛ばすことないだろ!」


 どうやら第二隊の騎士らしい。サミュが追求するも、彼は悪びれもせず、偉そうだ。


「ねえ、どうしたの?」


 エレノアが男の子に優しく語りかけると、男の子は泣きそうになりながらもゆっくりと話してくれた。


「母ちゃんが病気で、教会から聖水を買ったんだ。でも母ちゃんの具合、全然良くならなくて……大聖女様が今、騎士団にいるって聞いて俺……」

「そう……」


 エレノアは男の子の頭を撫でながら、彼の腕の中の瓶に目をやる。


(銀色の光は見えない。ただの水なんじゃないの?)


 オーガストの鑑定ならば微量の魔力も感じ取れるかもしれないが、エレノアの判断は銀色の光があるか無いかだ。


 男の子の母親の病状が回復しないのなら、何の力も無い聖水もどきだ。


「ねえ、その瓶見せてくれる?」

「いいよ……」


 涙をこすりながら、男の子はエレノアの前に瓶を差し出した。


(水そのものに聖女の力を付与すれば良いから……)


 エレノアは少し考えて、瓶に手をかざした。


 瓶の中の水がコポコポと揺れ、銀色の光が放たれると、一気に水に収束する。


「うん、これをもう一度、お母さんに飲ませてみてくれる?」

「……すっげえ」


 聖水もどきを本物にしたエレノアが、男の子を見ると、男の子はキラキラした目で瓶を見つめた。


「聖女様の儀式を遠くから見たことはあるけど、ここまで綺麗じゃなかった!! すっげえ!!」

「そうなの?」


 興奮する男の子に、エレノアは首を傾げた。


(儀式をする聖女って、上位の聖女たちよね? 何が違うのかしら?)


「お姉ちゃん、聖女なの?」


 瞳を輝かせて問う男の子に、エレノアは「しーっ」と唇に指を当てた。


「秘密ね?」

「うん!!」


 男の子はお礼を言うと、その場から走り去って行った。


「よかったんでしょうか?」


 側で見ていたエマが心配そうにエレノアを見た。


「あの子とはこれっきりだし、あの聖水があればお母さんもきっと大丈夫。やっぱり、放っておけないよ」

「……エレノア様らしい」

「あれー? 男の子は?」


 エレノアとエマのやり取りに、第二隊の騎士と揉めていたサミュが割って入って来た。


「サミュ、大丈夫?」

「ああ、あいつら、団長が戻ったら見てろよってんですよ!」

「ザーク様頼り!!」


 得意そうに話すサミュにエレノアとエマは笑いながら帰路についた。


「じゃあ。きっと団長は大丈夫ですから」

「うん。ありがとう、サミュ」


 エレノアは公爵邸まで送ってくれたサミュと挨拶を交わし、別れた。


(ザーク様……どうか無事で……! 私、あなたともう一度話がしたい……!)


 イザークの無事を願うエレノアは、その日、一睡も出来なかった。



「エレノア様、サミュが訪ねて来ております」


 翌朝。寝不足で頭が働かないエレノアは、ぼんやりと用意された朝食を食べていた。


「サミュが?」


 ぼんやりとしながらも、どうしたんだろう?とサミュが通された客間へと向かう。


「エレノア様!」


 客間に到着すると、いつもの笑顔のサミュと、昨日の男の子がいた。


「あれ、君?」


 昨日は簡易的なシャツとズボンだった男の子は、今日はかっちりとしたベスト姿だ。


「こいつ、王都で有名なサンダース商会の息子らしい。エレノア様に会いたいって言うから連れて来ました」

「サンダース商会?」


 サミュが驚いた表情で説明するも、世間を知らないエレノアにはさっぱりわからない。


「イザーク様やエレノア様もよくハンドクリームを購入されているかと……」

「え? 決まったお店は無いよ?」

「それら全て、サンダース商会です」

「ええええ?!」


 イザークはどうかわからないが、エレノアは目に止まったお店に立ち寄る。その一つ一つが全てサンダース商会だとエマは言う。


「そんな大きな商会の息子だった、というわけだ」


 未だ驚きながら説明するサミュだが、エレノアは別に聞きたいことがあった。


「お母様の具合はどう?」


 心配そうに聞いたエレノアに、男の子は満面の笑みで「治ったよ!」と答えた。


「良かった……」


 安堵するエレノアに、男の子が嬉しそうに話す。


「俺の名前は、マルシャ・サンダース! お姉さんは?」

「私はエレノアよ。よろしくね」

「エレノア……! そうか。俺が大きくなったら俺のお嫁さんにしてやるよ!!」

「ええええ?!」「はあああ?!」 


 自己紹介したエレノアに瞳を輝かせてマルシャが言うので、エレノアは驚いてしまう。サミュも変な声を出していた。


「いやいやいやいや、エレノア様は団長の奥さんだから!」

「サミュ、子供の言うことなんだから……」


 真剣に返すサミュにエレノアが苦笑いしながら宥めると、サミュは「いーや!」と言う。


「子供でも男は男です! 良いか、団長に殺されたくなきゃ諦めることだ!」


 ビシッ、とマルシャに向かってサミュが言い放つと、マルシャは子供らしい笑顔で答える。


「そっかあ、残念。まあ、そのダンチョーさんが嫌になったら、いつでも俺の所に来て?」

「はは……」


 子供らしからぬマルシャの台詞に、エレノアは思わず苦笑した。


「それで、今日はプロポーズに来たんですか?」


 今までのやり取りを動ぜず見守っていたエマが本題に入る。


「あ、そうだ! 母ちゃんが良くなったお祝いをするんだ! エレノアも連れておいでって、父ちゃんと母ちゃんが!」

  

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