第37話 罠
「ううーん、ありがたいお話だけど、行けないかな?」
「え?! 何で?!」
エレノアが困りつつも笑顔でマルシャに言うと、マルシャは拗ねたような表情になった。
(オーガスト様に屋敷から出ないように言われているし、勝手なことは出来ないもんなあ)
昨日、騎士団でやったことに後悔は無い。
ただ、聖水で騎士たちを助けた話は教会まで届くかもしれない。
二年前、エレノアは騎士団で聖水を大判振る舞いしたことに叱責を受け、教会の地下に閉じ込められた。
二年前のことを思い出し、身震いをしたエレノアは、自身を掻き抱く。
「僕が護衛に付けば大丈夫じゃない?」
教会のことを考えて青くなるエレノアに、サミュがあっけらかんと言った。
「え?」
「だから、僕がエレノア様の護衛をすれば、ちょっとくらい外に出ても大丈夫なんじゃないですか? 僕も行って良いよな? マルシャ?」
「しょうがないなあ、エレノアが来てくれるなら良いよ」
サクサクと話を進めるサミュに、マルシャも頬を膨らませながらも了承する。
「ちょ、ちょっとサミュ」
あまりにも早い展開にエレノアも慌ててサミュに近寄る。
「エレノア様、教会から狙われてるんですよね? 大丈夫ですよ、昨日の今日でエレノア様に辿り着くわけないし、僕が護衛するので」
昨日のエレノアの治療のことは、第一隊に緘口令が敷かれた。命を救われた騎士たちは、快く頷いてくれた。最も、オーガストの命令は王家からに等しい物なので、従うしかないのだが。
隊長であるサミュはエレノアが聖女であることを隠す理由をオーガストから聞かされていた。
「サミュ、楽観的すぎない?」
「エレノア様は隊長である僕が必ず守るので!」
「確かに、隊長の護衛は安心だけど……」
心配するエレノアにパチン、と陽気にウインクするサミュだが、エレノアはでも、と躊躇してしまう。
「……エレノア様、昨日は眠れました? 気分転換でもしませんか?」
自身の目の下を指差しながら、サミュが囁いて笑った。
(あ……。目の下の隈、サミュにわかっちゃったか)
エレノアを心配して、サミュは気分転換に外に連れ出そうとしてくれているのだとわかり、エレノアは顔が綻ぶ。
「私も行きます」
「エマ?」
「今度こそ私はエレノア様から離れません」
エマは外出に反対することなく、真っ直ぐにエレノアを見て言った。
「もー、しょうがないなあ! 三人まとめて来なよ!」
外出出来ない、ただならぬ理由があるのだとマルシャにはわからないが、彼はサミュとエマの同伴も許してくれた。
「そうこなくっちゃ!」
「せっかくなので、今はイザーク様のことを忘れましょう」
「エマ、酷い」
喜ぶサミュと、いつもの毒舌なエマ。エレノアは二人の優しさに感謝しつつ、マルシャにお呼ばれすることにした。
「今日はイザーク様を封印です」
本気か冗談か、エマが用意したパステルピンクのワンピースに袖を通し、エレノアは準備をした。
左手の薬指には、イザークからの指輪がはまっている。
(エマはああ言ったけど、忘れられるわけない)
そっと指輪を右手で触れると、エレノアはサミュとマルシャが待つ客間へと戻った。
「エレノア可愛いよ! やっぱりお嫁さんに来てほしいなー」
「エレノア様はダメだ!!」
マルシャとサミュがわいわいと喧嘩をしながらも、四人は馬車に乗り込み、サンダース家へと向かった。
城下町の中心地にほど近い住宅街に、一際大きな邸宅があった。
「エレノア、あれが俺んちだよ!」
「わあ〜、おっきいねえ」
「おー、さすがサンダース商会」
エレノアとサミュが馬車の窓から感嘆の声を出すと、マルシャは得意気にふふん、と鼻を鳴らした。
「ようこそいらっしゃいました!」
馬車から降り、玄関にたどり着くと、マルシャの父親が手をこまねきながらエレノアたちを歓迎した。
マルシャと同じ茶色のくせ毛に、小柄な男性。大きな商会の主にしては、派手さは無く、控えめだ。
「父ちゃん! 母ちゃんは?」
「客間で準備しているよ。さあ、お客様をご案内して?」
「うん! エレノア、こっち!」
父親に会釈をすると、エレノアはマルシャに手を引かれ、奥へと進んだ。それを追いかけるようにエマとサミュも続く。
「母ちゃん!」
マルシャに手を引かれ、客間に入ると、そこには優しそうな女性が立っていた。マルシャの母親だ。
「……マルシャ、こちらに来なさい」
母親は難しい顔でマルシャを手招きする。
「母ちゃん、エレノア連れてきたよ!」
「そう……」
母親はマルシャを手元に引き寄せると、エレノアを警戒するような目で見た。
(何だろう……歓迎されていない?)
先程父親は、母親は客間で準備をしていると言った。
見渡せば、お祝いをするような雰囲気では無い。
客間用の椅子とテーブルはあるが、母親は立ったままだし、エレノアに座るように勧めることも無い。
エレノアと母親が束の間見つめ合った所で、狡猾な初老の男の声をエレノアの耳が捕らえる。
「ご苦労様です、サンダース夫人」
客間の続き部屋の奥から出てきたのは、最も会いたくない人物。教会の神官長だった。
「なん……で」
白髪で小太りの男。忘れもしない、エレノアを閉じ込め、搾取してきた教会の頂点に立つ男。神官だというのに、まとったローブは金銀の糸で刺繍され、宝石のついたゴツめの首飾りを付け、趣味が悪い。
神官長はニヤリと気味悪く笑うと、エレノアを見た。エレノアは視線が合うとその場に縫い留められたように動けなくなる。
「サンダース夫人を救ったことは教会として褒められますが、大聖女様の聖水を勝手に持ち出したことは罪に問われますよ、エレノア?」
エレノアを責めるように言葉を口にする神官長に、エレノアは頭が真っ白になった。
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