第14話 家族の晩餐会
「兄上、義姉上、ようこそ」
本邸のダイニングまでイザークのエスコートでやって来たエレノアは、オーガストの言葉に固まる。
「あね、うえ……」
明らかに位の高い人から『義姉上』と呼ばれるのは、何とも居心地が悪い。
「兄上の奥方なのだから、私がそう呼ばないのはおかしいでしょう?」
「そういうものですか……」
何とも意地悪くオーガストが言うので、エレノアはもはや反論する気もおきなかった。
(うーん、この弟様にはいつもからかわれている気持ちになるのは気のせいかしら?)
「義姉上、お美しいですね。兄上の色がよくお似合いだ」
そんなエレノアの心の内を知ってか知らずか、オーガストが畳み掛けるように褒め称える。
「あなたの色でもありますけどね」
兄弟なのだから、同じ瞳の色なのは当たり前だ。やっぱり、身内内で夫の色を身につける意味なんてあったのだろうか?
エレノアが心の中で首を捻っていると、オーガストが吹き出した。
「皆、兄上が喜ぶ表情を見せるのが楽しみであなたにその装いをさせたのですよ。それに……」
笑いながら片目を瞑って話すオーガストの後ろでは、ジョージとエマが、うんうんと頷いていた。
「そういうことを言うと、私が兄上に睨まれるのでやめてください」
「なっ……さすがに弟に嫉妬はしない……」
いたずらっぽく笑ったオーガストに、イザークがすかさず言葉を挟んだ。
そんなイザークに、皆クツクツと笑っている。
イザークは顔を赤くしている。
どうやらエレノアたちはからかわれているらしい。
「ええと、自分の色を身に付けられるというのは、そんなに嬉しいものなんですか?」
イザークが「はしゃぎすぎた」と言っていた言葉に、どの辺りが嬉しいのか理解出来なかったエレノアは首を傾げた。
「……!」
「あーあ、イザーク様がはっきり伝えないから」
「これエマ、口を出すものじゃないですよ」
「というかエマは意味を義姉上に教えてないのかい?」
「妻アピールをするとは伝えましたよ」
「ううん、それでは伝わらないかもね」
「そこはイザーク様の努力不足です」
エレノアの質問に、イザークが固まると、三人が好き勝手何かを言っている。
「お、お前たち……そっとしておいてくれる気は無いのか」
「こんな面白い……じゃなかった、大切なこと、放っておけませんよ」
「今、面白いって言わなったか?」
訳がわからないやり取りをしているが、あたふたするイザークに、三人は笑顔で楽しそうだ。
「ふふ、仲良しなんですね」
エレノアはそんなやり取りを見て、つい笑ってしまった。
「君のおかげだよ」
「え?」
「そうですね、エレノア様のおかげです」
「そうです、そうです!」
エレノアの言葉にオーガストがふっと笑みを向けて言うと、ジョージとエマが言葉を続ける。
隣のイザークは、頭をガシガシとかき、気まずそうにしていた。
「父上と母上は領地にいるが、せっかく家族が揃ったのだから早く食事にしましょう」
和やかな空気の中、オーガストがそう言うと、まだ気まずそうにしていたイザークがエレノアの手を引いて、テーブルへと促した。
(家族……家族か。ここの人たちは良い人たちばかりで居心地が良くなりそうだけど、いつかはお別れするのよね)
エレノアは胸の温かさにじんわりとしながらも、自分を戒めるように心の中で呟いた。
(教会を糾弾したらオーガスト様の任務も終わる。そうしたら……)
いつかは別れるカーメレン公爵家の面々を見て、エレノアは寂しい気持ちになった。そして何より、イザークのことを思うと胸が締め付けられた。
「恵みに感謝を」
席につき、テーブルに祈りを捧げる形でオーガストが代表して口上を述べた。
エレノアはぼんやりと寂しさに思いを馳せながらも、オーガストの口上を聞きながら祈りを捧げた。
祈りが終わるとジョージの合図で次々に料理が運び込まれた。
まだ見たことのない使用人たちが皿を運んで来たが、ジョージとエマが主にサーブをする。
(そう言えば、こんな大きなお屋敷なのにあまり使用人さんたちとすれ違いもしない)
じっとジョージやエマを見ていると、ジョージがエレノアの視線に気付いて微笑んだ。
「イザーク様は人が多いのを好まれませんので、イザーク様がここにいらっしゃる時は使用人の数を絞っております」
ジョージの言葉に、単純に世話をする人が増えれば、使用人の数も増やすものじゃないか?とエレノアは疑問に思いつつも、イザークに配慮してのことだというのとはわかった。
(教会でさえ人手が足りない時は私まで招集されるのに)
表舞台の仕事は上位の聖女の仕事だが、大きな魔物討伐が行われるとエレノアたちも駆り出された。
(まあ、一緒にすることじゃないか。私も本当は自分のことは自分でしたい質だし)
一人納得したエレノアは、オードブル、スープと順番に出された物に手を付けていく。
(美味しい……! 流石公爵家のお料理。こんなに美味しいもの食べたことない!)
メインディッシュが運ばれると、エレノアは目を輝かせる。
カシスのソースがかかった鴨肉の断面は、ピンクに薄付き、見た目も美しい。
ナイフとフォークで切り分けて口に入れると、何とも柔らかい。
あまりの美味しさに、ほっぺたが落ちそうだと、エレノアが顔をニコニコさせていると、皆から視線が集まっていた。
(あれ、私、食べ過ぎ?)
ここまで、美味しすぎて料理を完食していたエレノアは、はしたなかったか、と焦る。
(でも、食べ物を粗末にしては罰が当たるもの。食べられることは有り難いことだけど……)
不安で手を止めて、皆を見返せば、隣のイザークは甘く微笑む。
「美味しいか?」
「はい、とても……」
「それは良かった」
「ええと?」
イザークだけは明らかに皆と違う空気だ。
「いや、不躾にすまない。君は孤児院出身だと聞いていたからね……エマにサポートさせるつもりだったが……」
「私の出る幕なんてありませんでしたよ」
甘い笑顔のイザークに顔を赤くしつつも首を傾げていると、オーガストが口を開いた。
どうやら、このテーブルマナーのことを言いたいらしい。
「君はそのマナーをどこで身に付けたんだい?」
「オーガスト……」
オーガストの言葉に、イザークが表情を変えて睨みつける。
孤児院出身であるエレノアを気遣ってくれているのがわかった。
エレノアはそんなイザークに大丈夫だと言う意味で笑みを向けると、オーガストに向き直った。
「シスターです。孤児院のシスターに教わりました」
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