第13話 旦那様のお迎え
「さあ、エレノア様、出来ましたよ!」
エマによってドレスアップされたエレノアは、目の前の鏡をまじまじと見つめた。
(エマ、凄い……!)
ろくに手入れをしていなかった髪は、サラサラの艶々に生まれ変わり、エレノアの銀色を輝かせていた。
化粧も施しており、みすぼらしい平民の少女が、見た目だけは貴族のご令嬢だ。
スカイブルーのドレスに合わせて、ネックレスやイヤリングにはサファイアが添えられている。
「ありがとう、エマ!」
こんなに綺麗な格好をしたことの無いエレノアは、嬉しくなって、鏡の前でくるくると自身の装いを何度も見る。
「今まで着る物なんて気にしてなかったけど……」
「やっぱり女の子ですもの! 着飾ると心がウキウキするものですわ!」
エマの言葉に、エレノアがこくこくと頷く。
今まで味わったことのない嬉しい感情に、心の奥がじんわりと温かくなった。
そんなやり取りをしていると、コンコン、と部屋のドアがノックされた。
「さあ、エレノア様。旦那様のお迎えですよ?」
エマはエレノアにウインクをしてそう言うと、部屋のドアをゆっくりと開ける。
開かれたドアの前にはイザークが立っていた。
いつもとは違うシャツ姿。シャツのジャボにはサファイアの留めピンがついていおり、エレノアとお揃いコーデだ。ジャケットにスラックスといった、いかにも貴族の装いがよく似合っている。
(騎士服以外の姿、初めて見た……)
いつもと違う装いに、王子様のようだとエレノアがぼんやりとイザークを見つめていると、エマが両手を叩いてパン、と音を出した。
その音にエレノアがはっとすると、目の前のイザークもはっとした顔をしていた。
「エレノア、綺麗だ……」
アイザークが甘い言葉を吐くのは初めてでは無いのに、エレノアは急に恥ずかしくなって、一気に顔を赤く染めた。
エレノアが見惚れている間、イザークも同じ気持ちだったのだと唐突に理解したからだ。
「あの、ザーク様も素敵です……」
赤くなりながらも、おずおずと言葉に出せば、いつの間にか目の前にまで来ていたイザークが、耳のイヤリングにそっと触れる。
「お揃いだな……嬉しい」
ふっと緩めるその甘い笑顔に、エレノアは身体中が赤くなっているのではないかという錯覚に陥った。
恥ずかしくなって俯いていると、イザークに手を取られる。
「あ……」
手を取られるのも初めてでは無いのに、エレノアは恥ずかしくなって、つい手を引いてしまった。
「こんなに綺麗な格好をさせてもらっているのに、ボロボロで汚いですよね」
イザークに貰ったハンドクリームのおかげで、カサカサだった手は潤っているものの、見た目はまだ酷い物だった。
着飾った自分と余りにもかけ離れた存在に、エレノアは思わず自虐的になってしまい、慌てて笑顔を貼り付けた。
「エレノア……」
そんなエレノアの手を再び取ったアイザークに、びくりとエレノアの肩が揺れる。
「俺のハンドクリームを使ってくれたんだな……嬉しい」
エレノアの手に口付けをし、苺の香りを嗅ぎ取るようにイザークが鼻を付ける。
「あ、あの、ありがとうございました。ハンドクリーム、とっても嬉しかったです」
飴屋のイチャイチャが脳裏にまた浮かび、エレノアは増々恥ずかしくなりながらも、必死にお礼を伝えた。
「そうか、気に入ってもらえたなら良かった」
エレノアの言葉を聞いたイザークは、顔をあげると嬉しそうに破顔した。
(う、わ……!)
イザークが今までにないくらい嬉しそうな顔を向けるので、エレノアは胸が締め付けられる想いだった。
「エレノアの働き者の手は美しいが、王都でこのハンドクリームを見つけて、つい嬉しくなって君に贈った」
「はい……私の作るいちご飴のような香りで嬉しかったです」
「俺と君の出会いの香りだ」
まるで出会った時の思い出を大切にしてくれているようだ、とエレノアが言葉に出来なかったのに、イザークはさらりと言ってのけてしまう。
そんなイザークの言葉に、エレノアは嬉しくなっている自分に気付く。
(そう思ったのは自分だけじゃなかった。ザーク様はそんな想いで贈ってくれたんだ)
「はい、イチャイチャはそのくらいにして、本邸に向かいますよ」
「いちゃ……」
二人のやり取りを見守っていたエマが手を叩いて間に割って入る。それでも手を離さないイザークは、エレノアに笑みを向けたまま言った。
「すまない、嬉しくてはしゃぎすぎたようだ」
「?! それは良かったです??」
イザークの言葉に、どの辺りが嬉しかったのは謎だが、確かにはしゃいでいたかのように彼は笑っていた、とエレノアはやり取りを思い返す。
(ザーク様が感情を見せない人だなんて、やっぱり信じられない)
改めて目の前のイザークを見れば、彼は嬉しそうにニコニコとエレノアを見ている。
(ええと、困りすぎるくらい眩しい。イケメンの笑顔ってこんなに破壊力あるのね……)
「さあ、エレノア、行こうか」
エレノアが心の中で唸っていると、取られた手を掲げられ、イザークがすっとお辞儀をした。
まるで王子様のようなエスコートに、エレノアはときめきを覚えるのだった。
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