第18話 聖女の力
「報告は受けていますよ、義姉上」
「は、はい……」
カーメレン公爵家に帰ったエレノアは、その日の夕食後、すぐに本邸にあるオーガストの執務室に呼ばれていた。
隣にはしっかりとイザークが付いてきてくれている。
「貴方にも見えるほどだ。無意識でこれなら、力が戻っているのではありませんか?」
「まさか……」
オーガストは提出された飴を眺めながら、エレノアに詰問するように言った。
「……睨まないでください、兄上。私だって仕事なんです」
イザークの方に顔を向けたオーガストが、自嘲気味に笑って言うので、エレノアもイザークの方を見れば、彼は怖い顔をしていた。
「エレノア殿、聖水を今ここで作ってみてもらえても?」
「義姉上」と呼ぶことを辞めたオーガストは、すっかり仕事モードのようだ。そんな彼の空気に、エレノアも息を飲む。
「……失敗しても?」
「構いませんよ」
どうぞ、という所作で手を広げて微笑むオーガストに、エレノアも意を決する。
「エレノア、嫌なら無理しなくても……」
「兄上……、」
心配そうにエレノアを止めようとするイザークに、オーガストも困惑した表情を見せる。
いつだってエレノアの気持ちを優先してくれるイザークに、エレノアは嬉しさを滲ませた。
「ザーク様、大丈夫です!」
イザークににっこりと笑ってみせると、彼も一応は引いてくれた。オーガストも安堵した顔を見せている。
(ええと、久しぶりだけど、あんなに作らされていたんだもの。身体が覚えているわね)
感覚を研ぎ澄ませ、エレノアは水魔法と聖女の力を混ぜ込むイメージで手をかざした。
最初にふわりと水が宙で塊を作り、次に銀色の光がキラキラと纏い出す。
光は水に吸収され、眩いまでの輝きを一瞬放つと、それは収束される。
「あ、容器……」
「これをどうぞ」
作ったは良いが、入れ物が無いことに気付いたエレノアに、オーガストはすぐ側にあったワイングラスを差し出す。
「ありがとうございます」
エレノアは宙の水を包み込むように力を込めると、ワイングラスに一気に注ぐ。
たぷん、と収まり良く入った聖水は、キラキラと銀色の光に包まれていた。
(成功した……!)
「これは……見事な物ですね」
成功したことに驚くエレノアと、想像以上の物が出てきて驚くオーガスト。
「エレノア殿、貴方の力、強くなっていませんか?」
オーガストの言葉に、エレノアは頷いた。
聖水を久しぶりに作ってみて、エレノア自身も驚いていた。今までとは比にならないほどに聖水からは銀色の光が放たれていたからだ。
「これ程の聖水、多くの国民を助けられるでしょうね。そして教会に見つかればタダではすまない」
ふむ、とワイングラスの聖水を見つめてオーガストが言った言葉に、エレノアがビクッとする。
「大丈夫だ。教会には渡さない。絶対に俺が守る」
エレノアの肩を支えて真剣な表情のイザークの言葉をエレノアは心から信頼出来た。だから、こうして立っていられた。
「私はどうすれば……」
「力の自覚があるなら、制御も出来るね? 飴屋を続けたいならその力をだだ漏れさせないことだね」
「はい……」
自分にはもう聖女の力は無いと思っていた。だからこそ、無意識に果実飴に付与させてしまっていたのだろう。
(今後は気を付けなきゃ……)
気を付けるなら飴屋も続けさせてくれるとオーガストは言った。「仕事だから」と冷たい雰囲気はあるものの、根本的にはエレノアの意思を尊重してくれていて優しい。
本当ならば教会から匿われているのだから、屋敷で大人しくしているべきなのだろう。
「バレなきゃ良いんですよ、義姉上」
いつの間にか仕事モードから家族モードに切り替わったオーガストが、いたずらっぽく言ってくれるので、エレノアは心の中で何度も感謝をした。
◇
「エレノアのもも飴、食べたかったなあ」
本邸から離れへイザークと一緒に戻る途中、彼は残念そうに溢した。
「力があるとわかれば制御も出来ますので、また作りますよ?」
「今日、楽しみだった」
エレノアがそう言えば、イザークはまるで子供のように拗ねてみせた。
(もう、この人は)
隣で並んで歩くイザークからは、自然と手が繋がれていた。エレノアもそれを自然と受け入れていた。
「あ、そうだ」
離れにつき、自然とミモザの中庭へ向かっていた二人だが、中庭に着いたところでエレノアが声をあげる。
繋いだ手を離し、ワンピースのポケットをゴソゴソと探る。
何故か残念そうな顔のイザークを置いておいて、エレノアはポケットから昼間買ったハンドクリームを差し出した。
「これは……」
「ミモザの香りのハンドクリームです! カーメレン公爵家の家紋にミモザがあしらわれていると聞いて、買っちゃいました! ザーク様に」
「俺に……?」
エレノアが差し出したハンドクリームを見て、イザークが固まってしまった。
(う、男の人にハンドクリームって変だったかな? でもザーク様、苺のやつ気に入ってたし)
おずおずとイザークを見れば、彼はふっと表情を崩して、ハンドクリームを手に取った。
「ありがとう、エレノア。一生大切にする」
手に取ったハンドクリームにアイザークは唇を落とした。
「いや、使ってくださいね?」
何だか大袈裟すぎる、と思いつつも、エレノアの顔も緩んだ。
「俺も、」
そう言って今度はエレノアの手にイザークから何かを手渡される。
エレノアが手に視線を落とせば、そこには桃の香りのハンドクリーム。
「どんだけ、楽しみだったんですか!!」
ハンドクリームを見た瞬間、泣きそうなほど嬉しかったのに、エレノアからはつい突っ込みが出てしまった。
隣のイザークを見れば嬉しそうに笑っている。
ミモザの甘い香りに酔いそうだ、とエレノアは思った。
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