第41話 救出

「エレノア!!」


(ザーク様の声……? こんな時に幻聴が聞こえるなんて……)


 ぼんやりとする頭でエレノアはイザークに会いたすぎて幻聴が聞こえたと思った。


「エレノア様……! 大丈夫ですか?!」

「エマ……?」


 床に横たわるエレノアに、心配そうな表情のエマが駆け寄ってきた。


「イザーク様が来ましたから、もう大丈夫ですからね……!」


 エマは泣きそうな表情でエレノアをゆっくりと抱き起こした。


(ザーク様……? 幻聴じゃなかった?)


 まだぼんやりとする頭で身体を起こすと、エレノアは隣のエマに我に返る。


「エマ?! エマは大丈夫だった? 神官長に何もされてない?」

「私は大丈夫ですよ、エレノア様。もう……人のことばっかり」


 心配するエレノアに、エマは涙を浮かべて微笑んだ。そして優しくエレノアの背中をさすってくれた。


「イザーク様……! どうしてっ……毒で動けないはずでは?!」


 突然現れたイザークに、エミリアは驚きの表情で震えている。グランも信じられない、といった表情だ。


「私の妻は素晴らしい聖女なんでね」


(あ……!)


 不敵に笑うイザークに、エレノアは出発の日のことを思い出す。


 一粒だけ、聖女の力をこめたいちご飴をエマから手渡してもらっていた。イザークはそれで難を逃れていたらしい。


「な……私を騙していらしたの?!」

「強硬手段に出たのはそちらでは? 様子を伺っていれば、私の妻に二度も手を出しましたね?」

「そんな、私は……」


 震えるエミリアにイザークが詰め寄ると、エミリアは両手で口を覆った。


「! なぜあなたがそれを持っているんです?!」

「きゃっ……!」


 エミリアの指にはめられた指輪を見つけると、イザークはエミリアの手を取る。


「カーメレン団長、教会は国が不可侵な場所。騎士を引き連れていったいどういうおつもりですかな?」


 エミリアとイザークの間に神官長が割って入る。


「騎士を引き入れているくせに、何をぬけぬけと……」

「教会の聖女のおかげで国は守られているのです。その教会に踏み入るなど、よっぽどの理由ですかな?」


 第二隊を教会に引き入れ、私使しているくせに、教会としての立場を堂々と主張する神官長は自信たっぷりにイザークに言い放った。


「……聖水と呼ばれる効果の無い偽物を高値で売りつけ、国を混乱させているな」

「それはなんと失礼なことを! 証拠はおありですか?」

「私の妻、エレノアが証人だ!」


 イザークは教会を糾弾するつもりだ。しかし、神官長は顔色一つ変えずにいる。エレノアが証人になるに足りないことは、エレノアもわかっていた。


「エレノアは、孤児です。盗人で嘘つきだ。それでもわずかな聖女の力を持つので、教会が厳重に管理してあげているのですよ?」

「エレノアは私の妻だ!!」

「イザーク様! あなたは騙されているんですわ!!」


 神官長が並び立てる言葉はどれも嘘だ。そんな言葉にイザークが怒るも、今度はエミリアが割って入る。カオスな状態だ。


「見える、見えないじゃ証拠にならないわ……それにやっぱり私が孤児だから……」


 エレノアが呟くと、支えていたエマが優しく笑いかける。


「エレノア様、大丈夫です」

「え?」


 エレノアが首を傾げた時だった。


「そこまでだ! 全員大人しくしろ!」


 オーガストが第一隊を率いて地下室に乱入してきた。


「オーガスト!」

「兄上、お待たせいたしました!」


 イザークは入って来たオーガストを確認すると、すぐに第一隊に指示を飛ばした。


「全員拘束しろ!」


 それからあっという間に、神官長、グランを始めとする第二隊、神官長や神官たちが第一隊によって取り押さえられた。


「エレノア、遅くなってすまない」

「ザーク様……」


 次々と捕らえたられた者たちが地下室の中央に集められていく中、イザークはエレノアに駆け寄り、騎士服のマントをエレノアの肩にかけた。


 遠慮がちに、でも心配の色を瞳に浮かべてエレノアを気遣うイザークに、エレノアはボロボロと涙をこぼす。


「ザーク様!!」


 思わずイザークの胸の中に飛び込んだエレノアに、イザークも戸惑う。


「無事で……無事で良かった……!」

「……心配かけてすまなかった」


 イザークの胸の中で泣きじゃくるエレノアに、イザークも遠慮がちにエレノアを抱き締めた。


(ミモザの香り……ザーク様だ)


 いつもの香りに抱き締められ、エレノアはやっと安堵する。


「こんなことして、どういうつもりだ!」


 部屋の中心に捕らえられた神官長が叫び、エレノアもそちらに目をやる。


 この部屋をあっという間に第一隊が制圧し、オーガストはその中心に立っていた。


「これは由々しき問題ですぞ、宰相補佐どの? 王家が教会を侵すなど……」

「先に領域を破ったのはそちらです」

「何だと?!」


 縛られながらも抗議する神官長に、オーガストは淡々と答える。


「現国王陛下の亡き弟君、王弟殿下のご息女を長年拐かし、虐げ、二度も誘拐した罪は重いですよ?」

「王弟殿下のご息女だと?! 一体誰のことを……まさか?」


 オーガストと神官長の視線がエレノアへと集まる。


「へ?!」


 急に話の中心にされ、エレノアは目を丸くする。


「エレノア様は王弟殿下とスミス伯爵令嬢のご息女。彼女は立派な証人です」

「リリアンめ……、裏切りだけではなく、まさか王家と通じていたとは……」


 オーガストの言葉に、神官長はその場に崩れ落ちた。


 その場にいた全員が驚いた表情でエレノアを見つめた。


(ちょっと、ちょっと待って! どういうことなの?!)


 一番驚いているのはエレノア本人だった。

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