第39話 地下室
ひやりと冷たい無機質な床、地下室の割には広いが、暗くじめっとしている。まるで地下牢だ。
力を失い、ようやくここから抜け出たのに、またここに戻って来てしまった。
懐かしくも、二度と戻りたくなかった場所。
教会に着くなり、地下に押し込められたエレノアは、もちろんエマとは離れ離れになった。
入口には第二隊の騎士が見張りとして立っている。
椅子もテーブルもなく、寝そべるために与えられた布はボロボロの雑巾のようだ。
「だ、れ……?」
一人きりだと思ったエレノアは、奥から聞こえた声の主に思わずビクッとする。
物陰からこちらを伺うように、エレノアと同じ歳くらいの少女がいた。
少女はボロボロの布を纏い、酷くやつれている。目が虚ろで、エレノアは過去の自分を重ねた。
「エレ……ノア?」
虚ろな少女の目にほんの少しの光が宿った。
「え?」
「エレノア!! エレノアでしょう? 私、モナよ!」
「モナ?!」
青みがかった銀色の髪に金色の瞳。物心ついた時には一緒にいた幼馴染。姉妹のように仲の良かったモナはエレノアと同じ歳だ。
「モナ、何でこんな所に……」
「エレノア、私も聖女の力があったみたいなの。でも……」
モナはガクガクと震えながらエレノアに縋るように手を伸ばす。その手をエレノアはぎゅっと握りしめる。
「エレノアが聖女として教会に連れていかれてから、シスターは何度もエレノアを返すように抗議した。でも、教会は応じなかった。代わりに、力の弱い私たちをも要求するようになった」
「私たち?」
「シスターは、聖女の素質を見抜ける力を持っていた。教会に捕まらないよう、保護していたの。聖女じゃない孤児と一緒にね」
「え?!」
震えながらも説明を続けるモナに、エレノアは衝撃を受けた。
「私たちの力は弱かった。だから、元々教会は本気じゃなかった。力の強いエレノアを手放したくなくて、代わりに孤児院の子供たちを要求したの。それを飲めないシスターは、エレノア一人を犠牲にするしかなかった……ごめん、ごめんね、エレノア」
モナはボロボロと涙を流しながら説明を続けた。
「待って、頭が追いつかない」
モナの説明に、エレノアは呆然とする。
(シスターは聖女を匿っていた……? シスターと教会の間に何があったの……?)
「シスターはずっとエレノアを想って泣いていたよ。病に倒れた時も、ずっと謝ってた」
「シスター……」
モナの言葉に、エレノアも涙を浮かべた。
「シスターがいなくなれば、私たちは教会に捕まるかもしれない、そう考えたシスターは、スミス領での住み込みの働き口を与えてくれた。幼い子たちは、他の孤児院に振り分けられたけどね」
「それでも捕まっちゃったの?」
「ううん、シスターは『私が死ねば大丈夫』だって言ってた。実際、今まで私たちは見つからずに過ごして来たもの」
モナが教会に連れて来られたのは最近のことのようだ。
(何が起こっているの……)
シスターが残した謎の言葉。わからないことだらけだが、一先ず、モナに再会出来た喜びで、エレノアは彼女を抱きしめた。
「モナ、会えて良かった」
「ここに来て、エレノアがどんな目にあってきたか思い知ったの。ごめんね、エレノア……。神官長からエレノアは追放された、今頃野垂れ死にしているだろう、って聞かされて絶望してた」
「私は生きてるし、それに、恵まれてたかな?」
謝るモナを抱きしめ、エレノアは今までのことをモナに話した。
「そっか、エレノアはやっと幸せを掴んでたんだね。でも……」
エレノアの話を嬉しそうに聞いた後、モナは表情を曇らせた。
「ね、他に連れられた子はいるの?」
そんなモナの気をまぎらわすようにエレノアが話題を変えた。
「う、うん。あと一人、ラミって覚えてる? 今は騎士団の治療棟に連れ出されているよ」
「治療棟……?」
治療棟は第二隊が人を寄せ付けず、貴族だけを治療していた。下位の聖女が貴族を治療することなんてなかった。
「ラミは治癒術が得意で、スミス領でもお医者さんの手伝いをしていたんだよ」
「そうなんだ……」
聖女によって得意なことは違う。エレノアも口にする物に力を与えてこそ、治癒の力を発揮する。水魔法が使えたので、水に付与してみた所、聖水が出来たのだ。
エミリアは外部から見えない魔法をあの時温室にかかっていると言った。もしかしたら、彼女はそういう魔法が使えるのかもしれない。
(ラミが治癒を使う所を見えないようにして、上位の聖女たちの功績にする……。教会の考えそうなことだわ)
エレノアは今までの仕打ちを考えると、ラミの力を搾取しているという考えに至るのは早かった。
ガタン!と音がしたかと思うと、地下室の扉が開く。
「ラミ!!」
入口から投げられるようにして部屋に放り出された少女にモナが駆け寄る。
「そいつは使えなくなった。お前が代わりに来い」
「エレノア!」
エレノアは物のように第二隊の騎士に腕を捕まれ、引っ張られる。
「それとも、お前が代わりになるか?」
ジロリと騎士と一緒にいた神官がモナを見据えれば、モナはラミを抱えたまま身をすくめた。
「私が行けば良いでしょう!」
エレノアが神官を睨んだその時だった。
「あら、本当にいる」
第二隊隊長のグランを引き連れてやって来たのは、エミリアだった。
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