番外編2. りんご飴
「エレノア、これは?」
日が短くなり寒さが訪れようとしていた秋の終わり。二人で夕食を終えた後、イザークがテーブルの上に置いてあった果実飴を見つけてエレノアに聞いた。
「あ、冬の限定果実飴です! ザーク様にと思って試作品を持って帰って来ました!」
果実飴店にほとんど関われなくなってしまったエレノアだったが、こうして季節の飴は考案・監修をしていた。
「そうか、女将は元気だったか?」
「はい! とっても……」
イザークの問に元気よく答えたエレノアだったが、女将とのやり取りを思い出し、急に恥ずかしくなる。
『エレノア、あんたの子供は私にとったら孫のようなものだからね。必ず顔を見せに来るんだよ』
(お、女将さんったら気が早すぎてびっくりしたわよ!)
嬉しそうに目を細めて話す女将を思い出し、赤くなった顔を手で挟み込むエレノアにイザークが近寄る。
「エレノア?」
まだ赤い顔を覗き込まれ、エレノアはぴゃっ、と心臓が跳ねる。
「ザ、ザーク様、りんご飴、食べてください!」
誤魔化すように慌ててテーブルの上の果実飴に手を伸ばし、イザークに差し出すエレノア。
真っ赤なりんごが薄い透明な飴に覆われ、ツヤツヤと光っている。
「これではエレノアに食べさせてもらえないな」
「もう!」
りんご飴を受け取り、残念そうな表情をするイザークに、エレノアは笑みを溢す。
(ザーク様ってば、何でいつも私から食べさせてもらえるかが基準なの?!)
結婚してからも甘いイザークに、エレノアは振り回されっぱなしだった。
◇
「皆さん、差し入れですよ!」
数日後、エレノアは騎士団にりんご飴を持って訪れた。
「エレノア様!」
「ありがとうございます!」
第二隊は一新され、第一隊とも上手くやっているようで、よく合同で訓練をしている。
この日も第一と第二隊の合同訓練で、大所帯だ。
「わ、これ、話題の果実飴じゃないですか!」
サミュがエレノアの差し入れを受け取りながら顔を輝かせる。
「うん。季節限定のりんご飴だよ」
「やったあ、ありがとうございます! わ、これ食べやすくカットしてあるんですね?」
「うん」
エレノアはサミュと会話しながらも、騎士たちに差し入れを配っていく。皆一列に並び、串に刺さったりんご飴を一切れ取っていく。
「人数が多いから一個ずつは無理だけど、新しい味皆に食べてもらいたかったし、エマと話して、カットすれば数もいらないし食べやすいんじゃないかって」
「エマさんが……」
サミュがエレノアの隣にいたエマを見れば、エマはにっこりと微笑んで言った。
「それに、果実飴のお客様にはご令嬢もいらっしゃいます。実際にカットして売るのもありだと思いますよ」
「そうだよね! エマのおかげでお客さんの選択肢が増やせるよ!」
りんご飴にかぶりつくのも美味しいが、女性にはなかなか難しい。そういった課題をエマが解決してくれたのだ。
「イザーク様も喜ばれるかと」
「何でザーク様?」
エマがふふ、と笑うのでエレノアは疑問で首を傾げる。
「何だ、俺のためじゃなかったのか」
「ザーク様?!」
騎士たちの列が途切れた頃、イザークがエレノアの後ろから抱き締めるように現れて、エレノアは驚く。
「おいで」
イザークに手を引かれ、エレノアは訳も分からず、ついていく。
「え、なんすか、あれ?」
残されたサミュがぽかん、と口にすると、エマが妖しく微笑む。
「サミュさんには私がしてあげますよ」
「へ?」
「はい、あーん」
「?!?!?!?!」
サミュ用に残ったカットりんご飴の串を手に、口元に運ぶエマ。サミュは顔を真っ赤にして飛び上がった。
「団長、毎回これをエレノア様にお願いしてるとか……エレノア様、すげえ……」
そんなサミュの呟きを知らないエレノアは、ズンズンとイザークに連れられ、執務室へと辿り着く。
「あの、ザーク様?」
執務室の扉が閉められ、エレノアは何事かと不安な表情になる。
「さあ、エレノア。俺への差し入れ、食べさせて?」
執務室のソファーへと引っ張られ、エレノアはイザークの膝の上に横座りさせられる形になる。
「ふえ?!」
「りんごは諦めていたが、こんなふうに改良してくれるなんて、嬉しい」
「あ、あの……」
「エレノア?」
イザークの甘い圧に、エレノアはう、と観念する。
イザーク用のカットしたりんご飴の入った器から一つ串に刺そうとするも、静止される。
「エ、レ、ノ、ア?」
「うう……」
「いつも通りに」というイザークに促されるまま、エレノアは手でりんご飴を取り、イザークの口元へ持っていく。
イザークは満足そうに目を細め、りんご飴を口に入れた。そしてエレノアの手を取り、指をペロリと舐める。
「うん、やっぱり甘いね」
「だから、飴が付いてるからですね?!」
一連のやり取りにまだ慣れないエレノアは顔が真っ赤だ。イザークは嬉しそうにシャクシャクとりんご飴を味わっている。
もう、とエレノアが頬を膨らませていると、イザークはエレノアの肩を抱き寄せる。
「エレノアも食べたかった?」
「へ?」
イザークはエレノアが答えるよりも先に、エレノアの唇を塞ぐ。
(もう!!!!)
りんごの甘い蜜の香りと飴の甘さがエレノアの口にもじわりと伝わる。
「オレンジはまだ食べさせてもらってないね?」
唇を離したイザークが至近距離で言う。
オレンジは春の限定商品だ。
エレノアとイザークが果実店で出会った時に販売していた果実飴。
まだこれから冬の商品だというのに、気が早いのはいつものことだ。でも二人が出会った季節がまたやって来る。
イザークの腕の中にいたエレノアの手に、いつの間にかりんごの香りのハンドクリームが握らされていた。
「楽しみだな」
幸せそうに微笑むイザークに、エレノアも幸せで胸が満たされる。
「はい!」
満面の笑みで返したエレノアは、イザークの胸に飛び込んだ。
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お読みいただきありがとうございました!
番外編、お楽しみいただけましたでしょうか?
二人はやっぱり甘くないと(笑)。
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教会を追放された元聖女の私、果実飴を作っていたのに、なぜかイケメン騎士様が溺愛してきます! 海空里和 @kanadesora_eri
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