第27話 第一隊
「エレノア様、いらっしゃいませ!」
「あ、エレノア様だ、こんにちは!」
あれから、エレノアは休みの度に騎士団に顔を出しては甘い物を差し入れるようになった。特に、イザークの直属である第一部隊の騎士たちとはすっかり顔馴染みになってしまった。
(休みの日は部屋に閉じこもってダラダラしてたのになあ)
果実飴を販売していた時は、休みを充実させたものの、特にすることもなく、ダラダラと身体を休めていた。それはそれで新鮮で嬉しかったが、やはりこうして外に出て、人の笑顔が見られるのは嬉しい。
(やりがい搾取だった教会とも違う。今は、私がやりたくてやってるんだもの。それに……)
一番はやっぱりイザークに会える喜びと、彼の疲れを少しでも取れればという想いがあるからだ。
「エレノア様は健気ですわ。イザーク様も喜んでいます」
「そうかな?」
ニコニコと笑うエマに、エレノアは思わず聞き返す。
こんなに頻繁にやって来て、迷惑ではないだろうか、とエレノアは思っていた。イザークはもちろん嫌そうな顔は見せないが、「無理してないか?」ととても心配そうな顔を見せていた。
『エレノア、俺は自由に活き活きと生きる君を縛りたくはない。どうか、俺のために無理はしないで欲しい』
前回来たときに、イザークに言われた言葉を思い返して、エレノアはしゅんとする。
(私はやりたくてやっているのに、無理してるように見えちゃうのかな? こうしないとザーク様に会えないのに……)
心の中で思ったことをふるふると首を振って否定する。
「あんまり来ちゃだめだよね」
ポツリと溢せば、エマがすかさず否定する。
「エレノア様! そんなことはございません!! イザーク様も嬉しいに決まってます! ただ……」
「ただ?」
「お二人共、お互いの気持ちを考えすぎなんです。特にエレノア様はね?」
眉尻を下げ、微笑むエマは続ける。
「エレノア様の気持ち、とっくにここにあるんじゃありません?」
「わた、しは……」
エマに心臓の位置を指さされ、エレノアは思わず胸元のワンピースをぎゅう、と握りしめた。
「あれー? エレノア様?」
答えられないままいると、奥から明るい声が聞こえてきた。サミュだ。
「団長なら、急遽王城に呼ばれて出ていかれましたよ」
「え、そうなんだ」
サミュからイザークがいないことを聞き、手元のバスケットに目をやったあと、エマをちらりと見た。今日はパウンドケーキを作ってきた。女将の店で甘いフルーツを仕入れたので、エマとまた二人で作ったのだ。
「あ、新作ですか?」
目ざといサミュがバスケットに気付き、顔を輝かせる。差し入れはもっぱらクッキーだったので、食べごたえのあるパウンドケーキは、訓練後の騎士たちには喜ばれそうだ、とエレノアは思った。
「そうだ、団長が帰って来るまで、第一隊の稽古でも見ます?」
「良いんですか?」
サミュの思わぬ提案に、エレノアも顔を輝かせた。
(イザーク様がまとめる騎士団の稽古……! すごく見てみたい)
好奇心で目を輝かせれば、サミュもニカッと笑った。
「その差し入れ、勝者の褒賞にして良いですか?」
「ええ?!」
バスケットを指差し、サミュがいたずらっぽく笑う。
「みんな、目の色変えて真剣に挑みますよ。丁度今、トーナメント式で練習試合をしていた所なので」
「こんなのでみんなやる気でるの?」
「それは、もう!」
サミュはニコニコと笑って、エレノアを訓練場まで連れて行く。
「エレノア様、イザーク様の分は避けておきましょうね」
「わかってるよ、エマ……」
後ろで苦言を呈するエマに、エレノアは慌てて言う。帰って来たイザークが、自分の分が無いとわかればいじけそうだ、とエレノアは予想して少しおかしくなった。
エレノアの差し入れをイザークが楽しみにしてくれていると、自然にそう思えている自分に驚きつつも、くすぐったい。
「みんなー、エレノア様が差し入れを持って来てくれたぞー! 勝ち抜いた奴にやるからなー」
訓練場に着いたサミュが、準備をしていた騎士たちに声をかけると、皆一斉に湧いた。
「マジですか、隊長?」
「それって隊長は参加無しですよねー?」
サミュの人柄のせいか、第一隊は皆明るくて温かい。貴族の子息もいるらしいが、孤児であるサミュが上に立っていても、軋轢も無く、まとまっている。
イザークが実力と人柄だけで構成しただけあって、精鋭揃いで統制も取れている。
(ザーク様の目指された理想がここにはある……)
エレノアの中にも熱いものが込み上げる。笑い合う騎士たちを見ていると、そこに突然、乾いた笑いが割って入って来た。
「仲良しこよしの第一隊はいつも気楽そうだなあ! ああ、隊長が下賤な孤児出身だからか」
ははは、と嫌な笑いと共に他の隊らしき騎士たちが訓練場に入って来る。
「何……あれ……」
雰囲気の良い騎士団しか見たことの無かったエレノアは信じられない気持ちで訓練場に目をやる。
「第二隊隊長のグラン・オーブリー伯爵令息です」
低く、苦い顔でエマが突然現れた騎士を説明した。
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