第28話 古い慣習
「伯爵、令息……? でも騎士団の貴族主義は無くなったんだよね?」
「厳密に言えば、完全には無くなっておりません。根が深いですから、ああいう考えの者もいます。完全に無視は出来ませんので、ああやって隊を分けることで、虐げられる隊員が出ないように配慮はされているのですが……」
「でも、あんな人が隊長なんて……」
エマの説明に、エレノアも顔が歪む。
「下賤な奴がどうやって団長に取り入ったのか!」
小馬鹿にしたようなグランの態度だが、サミュはへらりと笑って躱していた。
「カーメレン団長は、冷徹で強いお方。そんな団長の一番側にお前みたいな奴が控えてるなんて!」
サミュを馬鹿にしながらも、半分はやっかみだ。
サミュもそれをわかっているから、何ともない顔をしているのだろう。しかし、他の第一隊の騎士たちは、顔を歪ませつつも、サミュが笑って言い返さないので我慢していた。
サミュは第一隊のみんなに慕われているのがよくわかるから、みんな、悔しいのだろう。それはエレノアも同じだった。
(ザーク様の想いを踏みにじるような言動、許せない!)
「……団長が冷徹? あの方の根っこは温かくて情があるよ」
グランの的はずれなイザークに対する憧憬に、サミュが思わず溢す。すると、グランは頭に血を上らせて叫んだ。
「お前があの方を語るな! お前なんかより、俺のほうがよっぽど……! 汚らしい孤児が!」
「いい加減にしてください!」
ドン、とサミュがグランに突きとばされたと同時に、エレノアは思わず訓練場に走り出ていた。
「エレノア様?!」
突きとばされたサミュを受け止めると、彼は真ん丸の目をぱっちりと驚かせてエレノアを見た。
「貴族とか、孤児とか、ザーク様はそんなものに拘らずに騎士団を作りたいのだと、どうして彼に憧れているのならわからないんですか?!」
「……誰だ、お前」
訴えるエレノアに、グランが眉をひそめて言う。
体制を整えたサミュが庇うようにエレノアの前に出る。
「団長の奥様だよ」
「は?!」
サミュの言葉に、グランが増々眉根を寄せる。
「団長の婚約者はエミリア様だったはず……」
信じられない、といった様子でグランがふらつくと、エレノアを一瞥する。
凍てつく視線に、エレノアも身がすくむ。サミュが前に立ちはだかってくれていたので、何とか立っていられたが。
「失礼ですよ。この方はイザーク様の正真正銘、奥様なのですから!」
エマも急いでエレノアの元に駆け寄ると、グランを睨みつけて言い放つ。
「は? メイド風情が俺に話しかけるな。 団長の奥様だと? 俺は認めない。エミリア様以外にあの方に釣り合う方などいないのだから!」
ねじ曲がった方向にイザークを妄信するグランに話は通じない。キッ、とエレノアを睨み付けると、手にしていたバスケットを掴む。
「何だ? こんなみすぼらしい物を団長に差し上げるつもりだったのか?」
「返してください!」
バスケットはひょい、とグランに取り上げられ、エレノアが訴えるも、彼に返す気は無い。
「エミリア様はそれはそれは素晴らしい高級品を団長に持って来られるぞ? こんなみすぼらしい物……」
馬鹿にした笑いでエレノアを見下ろすグランに、エレノアは胸がムカムカする。
(あ、久しぶりに偉そうな貴族見た。周りの人が良すぎて忘れてたけど、こういうやつはまだいるのよね)
エレノアが冷めた目でグランを見れば、彼はカッとなってバスケットを高く掲げた。
「何だ、こんな物――!」
「止めて!!」
グランがバスケットを投げつけようとしているのだと気付き、急いでバスケットに飛びついたエレノアは、バスケットごと殴られそうになる。
「エレノア様!!」
エマの悲鳴が聞こえてきたところで、エレノアはギュッと目をつぶった。
(……? あれ、痛くない)
来るはずの衝撃が来ず、恐る恐る目を開ければ、目の前にはイザークが立って、バスケットを受け止めていた。
「……何をしている」
「ザーク様?!」
「だ、団長……」
突然のイザークの登場に、エレノアも驚いたが、グランはそれ以上に驚いて顔を青くしている。
イザークの表情は見えないが、背中から伝わる怒気に、エレノアもぞくりとする。
「俺の妻に、何をしている?」
「だ、団長……そんな女が本当に? エミリア様は……」
「エミリア嬢のことは勝手な噂が流れているだけだ。放置した俺も悪いが、今は正式に結婚したことをバーンズ侯爵家もわかっているはずだが?」
狼狽えるグランに、イザークは冷ややかに答える。
「俺の妻を侮辱し、危害を加えようとしたこと、わかっているな?」
「ひっ……!」
ジロリと睨んだイザークに、グランが縮こまる。
「お前はしばらく謹慎だ!」
「そ、そんな、団長! 俺は団長にこそ相応しいお相手がいると……」
「くどい! 隊長の座を辞されたいか?」
「ひっ……」
イザークの沙汰にまだ食ってかかったグランだが、隊長の座を追われるとわかると、大人しく引き下がった。
「エレノア……」
振り返ったイザークの酷く冷たい声色が、いつもの甘い声に変わるのを聞いたエレノアは思わず安堵した。
「遅くなってすまない。君に嫌な思いをさせてしまうなんて……」
泣きそうな表情でエレノアに駆け寄り、アイザークはエレノアの肩を抱いた。
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