第8話 甘いのは飴か旦那様か

「ほう、飴はこうやって作られているんだな」


 昨日、結婚の書類が瞬く間に提出され、人妻になったエレノアは変わらず飴を作っていた。……夫に見守られながら。


「エレノアの力で極限まで薄くしているからあの食感が実現できるんだよねえ」


果実の下ごしらえをしながら、女将がイザークに嬉しそうに説明をする。


 昨日、お店に帰宅し、そのまま朝を迎えたエレノアは、今日は果実飴の販売があるため仕込みをしようと、お店がある階下に降りた。


 店に降りて来たエレノアが目撃したのは、女将に挨拶をするイザークの姿だった。


『ど、どうして……』

『結婚のご挨拶を兼ねて、今日は俺が護衛だ』


 驚くエレノアにイザークが喜々として言った。女将は涙を浮かべて喜んでいた。


『やっぱりエレノアが見初められたんだねえ。良かった……』


 心から喜んでくれている女将に、「これは契約結婚で、いつか離婚します」とも言えず。温かい気持ちになりながらも、エレノアは複雑だった。


(とりあえず、私が出戻ってもここで働かせてもらえるように、頑張らないとね!)


 女将には飴屋を続けることは伝えた。女将も笑顔で了承してくれた。ただし、イザークからの説明で、エレノアは飴作りの裏方だけ、売り子はカーメレン公爵家が手配する人に任せることになった。


『騎士団は恨みを買うこともあります。妻を守るため、ご協力お願いいたします』

『まあああ!』 


 それっぽい理由を述べたイザークに、女将は顔を赤らめて興奮していた。


『エレノア、良い人捕まえたね!』

『は、はあ……』


 終始嬉しそうな女将に、エレノアは良心が痛んだ。


「これは、聖女の力なのか?」


 女将が席を外している間、イザークが小さな声で飴作りをするエレノアに尋ねてきた。


 女将には聖女だったことを言っていないと伝えた所、オーガストに「これからも秘密で」と言われていた。


「ええと、聖水を作っていた時は水魔法に聖女の奇跡を交じらわせていました。今は聖女の力が枯渇しているので、水魔法寄りかと」

「……凄いな」


 エレノアの説明にまじまじと果実飴を見つめるイザーク。


「味見します?」


 そんな可愛いイザークの様子に、エレノアは思わず飴がけをしたいちごを一粒、差し出した。


 イザークは目をパチクリさせると、ふわりとその顔を綻ばせ、エレノアの指から直接いちごを口に入れた。


「ふあ?!」


 一瞬、イザークの唇がエレノアの指に触れ、思わず手を引っ込める。


(びびび、びっくりした!! これは、「あーん」というやつでは?! てっきり手で受け取る物かと……! この騎士様が距離感おかしいの忘れてた!)


 顔を真っ赤にするエレノアに、追い打ちをかけるようにイザークが微笑んだ。


「美味しい、エレノア……」

「ふえ……?」


 その破壊力ある笑顔で、まさかの呼び捨て。


 不意を突かれておかしな言語が出てしまうのは許して欲しい、とエレノアは思った。


「その……夫婦で名前を呼ばないのはおかしいとオーガストが……ダメだろうか?」


 口をパクパクさせていたエレノアに、イザークが縋るような瞳で見つめてきた。


(ああ、オーガスト様が。納得!! 確かによそよそしいと、仮の夫婦ってバレますからね!)


 納得したエレノアは勢いよく首を縦に振った。


「ええと、では私はイザーク様とお呼びしても?」

「……っ……!」


 イザークに改めて向き直し、エレノアも名前を呼んでみる。


 しかし、イザークは顔を横に背けて、手で覆ってしまった。


(あれ? ダメだったのかな? 仮の妻なのに調子に乗るなって?)


「すみません、調子に乗り……」

「……と」

「え?」


 慌てて謝罪しようとすると、イザークは顔を覆った手のひらの隙間から瞳を覗かせ、ぽそりと言った。


「ザークと読んでくれないか」

「ザーク様?」


(何故に愛称? 貴族ってそんなものなのかな?)


 エレノアは首を傾げながらも、イザークの言葉を復唱すると、彼の顔が、こちらを向いて輝いた。


(ななな、何でそんなに嬉しそう?!)


「エレノア、お金は払うからもっと食べたい」

「ええと?」


 嬉しそうなイザークは更にエレノアとの距離を詰めると、子供みたいに飴をねだった。


「じゃあ……」


 口を開けて待つイザークに、当然のように「あーん」なのか、と顔を赤くしながらも、エレノアはいちごを一粒彼の口に運ぶ。


 パクリ、と一口でいちごを入れたイザークは、顔を綻ばせ、「美味しい」と何度も言うと、エレノアの手を掴んだ。


「ザーク様?」


 熱っぽいイザークの瞳と絡むと、彼はエレノアの指をペロリとなめた。


「ななな?!」


 驚いて赤くなるエレノアに、イザークは子供のような笑顔で言った。


「エレノアの指も甘くて美味しい」

「飴が付いていますからね!!」


 そんな恥ずかしいことを無邪気な笑顔でイザークが言うので、エレノアはついツッコんでしまった。


「いちゃついているところ失礼いたします」

「いちゃ?!」


 後ろから声がして、イザークとのやり取りを見られていたと恥ずかしくなりながらもエレノアが振り返ると、そこには女将と一緒に知らない女性が立っていた。


 黒を基調としたお仕着せを来た彼女は、黒い髪に黒い瞳、エレノアより少し年上に見えるクールビューティー。


「ああ、エマか」


 クールビューティーにすぐに気付いたのはイザーク。


「お久しぶりです、イザーク様」


 そのクールビューティーは、イザークに声をかけられると、洗練された動きでお辞儀をした。そして。


「まさか、イザーク様のそんな顔が見られるなんて。父にも報告しなくては」

「……やめてくれ」


 にやり、と笑う美しい顔に、イザークは困った顔を見せた。


 知り合い?仲良し?


 二人のやり取りをポカン、と見ていれば、イザークもクールビューティーもエレノアに気付いた。


「ああ、エレノア、紹介する。彼女はエマ。カーメレン公爵家に仕えてくれているメイドだ」

「そして、本日よりエレノア様付になりました。よろしくお願いいたします」

「「え?!」」


 クールビューティーの言葉に、エレノアとイザークの言葉が重なった。


 どうやら、イザークも初耳だったらしい。



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