第25話 私に出来ることは

「これでどうかな?」

「お上手です! エレノア様!」


休日の朝、朝食を終えたエレノアはエマと一緒にキッチンにやって来ていた。


 離れの使用人は、ジョージとエマ以外には私兵を除いていない。アットホームでくつろげる空間だった。イザーク自体、あまり人を置きたがらない。それでも彼が帰って来て嬉しい本邸の使用人たちは交代で時折やって来る。


 食事も本邸のシェフが作ってくれた物を運んで来てくれるのだが、毎回誰が行くかで揉めるため、平等に順番制になったのだとか。


 そういうわけで、離れのキッチンはエマやジョージがお茶を入れる以外使われることは無かった。


(こんなに立派なキッチンなのに勿体ない……)


 騎士団でイザークと甘い時間を過ごして数日経つが、イザークはまだ忙しくしているようで、エレノアはまた会えずにいた。


(ザーク様にこの前会ったばかりなのに、もう会いたい……)


 こんなにも他人が自分の心を占領するのは初めてで、エレノアは戸惑いつつも、心が満たされるのを感じていた。


『ザーク様にまた差し入れ出来ないかな』


 会いたい気持ちがつい口をついて出れば、エマはまた聞き逃さなかった。


『出来ますとも! クッキーとかどうです? イザーク様は甘いものがお好きなようですから』


 目を輝かせて食いつくエマに圧倒されながらも、エレノアはクッキーを作ることにした。


(ザーク様は甘いものがお好き……ふふ。最初は似つかわしくないと思っていたのに、今はらしいというか、可愛いとさえ思う)


 エマに教わりながらクッキーの材料を混ぜ合わせ、形を作っていく。


 苺の形に、桃の形。クッキーはシンプルな味わいだが、自然と馴染みのある形にしてしまった。


「エレノア様、こちらもオススメですよ」


 エマがニコニコとエレノアに差し出したのは、ハートに形どられたクッキー。


「な、な、な……」


 思わず赤面してエマを見れば、綺麗な彼女の顔が崩れるほどニヤニヤしている。


「イザーク様も、この方が喜ばれると思いますよ」

「ええと、苺とか桃でも喜ぶんじゃないかなあ?」

「何言ってるんですか! イザーク様のお気持ちはもうわかってらっしゃるんでしょう?」


 エマの言葉に、エレノアの顔がぼっと赤くなる。


 この前の出来事はもちろん内緒だが、二人手を繋いで帰って来たあの日、明らかにエレノアがイザークを意識していることにエマは気付いていた。


『あんなにだだ漏れなのにエレノア様ってば気付かないから。でも、イザーク様がはっきり言葉になさらなかったのも悪いんですけどね』


 キスのことは内緒だが、明らかにいつもと違う雰囲気に、『告白でもされました?』とエマに問い詰められ、エレノアは頷いてしまった。


 あの日の夕食は豪華で賑やかだった。ジョージもエマも「よくやった!」とイザークを満面の笑みで褒め称えていた。


 居心地悪そうなイザークを他所に、何故こんなに二人が喜んでいるのかわからないが、二人ともイザークの気持ちはとっくに知っていて、自分だけ気付いてなかったのだと、エレノアは恥ずかしくなった。


(ザーク様の想い人がこんな孤児でも喜んでくれて、優しくしてくれて……本当にここの人たちは温かいなあ)


 あの日の温かい夕食を思い出してエレノアがじんわりしていると、エマが心配そうに覗き込む。


「エレノア様? 大丈夫ですか?」

「あ、ごめんね。エマとこうしてるのが楽しくて。私、エマのこと大好き。ありがとう」

「……私もエレノア様が大好きですわ」


 温かい気持ちが涙に変わりそうになるのをぐっと堪えて、エレノアはエマに微笑んだ。エマも嬉しそうに優しく笑い返す。


「でも、」

「でも?」


 エマが急に真剣な顔で、でも、と返すので、エレノアは不安になる。


「そういう言葉は、真っ先にイザーク様に言って欲しいですわね?」

「へっ……」


 真剣な顔をするから、てっきり何か自分に対する不満や苦情を言われるのかと思えば、予想外の言葉だった。


「イザーク様のこと、お好きなんでしょう?」

「私、は……」


 エマのストレートな質問に、エレノアは言い淀む。


「エレノア様はご自身の幸せを素直に掴めば良いんですよ?」


 眉尻を下げて、少し困ったような笑顔の表情のエマに、エレノアはまた熱いものが込み上げてきそうになる。


(私は、ザーク様のこと、嫌いではない。でもこの気持ちは、恋、なのかな? ザーク様の気持ちに甘えてるだけじゃないのかな? それに……)


「私、孤児だし……」


 ザーク様には相応しくない、そう言葉を続けようとして、エマに遮られる。


「そんなこと、関係無いです!!」


 エマの力一杯の言葉に、エレノアは思わず目を瞬いた。


「まったく。あなたは人をそんな目で見ないのに、ご自身だけは違うんですね」


 呆れた声色だが、エマの表情は優しい。


「エレノア様は、イザーク様と離れたいんですか?」


 エマの言葉にエレノアはふるふると首を振る。


「だったら、エレノア様は自分の気持ちを一番になさるのが良いと思いますよ」

「自分の?」

「はい。今まで、他人を優先してきたのでしょう?」

「……とっくにしてるよ? だって、私は教会には戻りたくない、って気持ちでザーク様と結婚したんだから……」


 そう考えると、けっこう自分の都合に良いようにさせてもらっていると、エレノアは改めて思った。


「教会のことは、もう、この際置いといてください! あれは論外です!!」


 エレノアが思考を巡らせていると、エマがくわっと目を見開いてエレノアの肩を掴んだ。


「イザーク様への気持ちを、ゆっくり考えてみてください。わかれば、イザーク様の胸に飛び込めば良いだけの、シンプルなことだって、わかるはずです」

「わ、わかった……」


 エマの迫力に押されてエレノアがそう言えば、彼女は満足そうな表情をして、エレノアを解放した。


(私はザーク様のことを……)


 自分の気持ちがわからないエレノアだったが、この会いたい気持ちを考えれば、答えは出ていそうなものだが、それをまだ認められずにいた。


 結局、エマと作ったクッキーは、苺と桃とハートの3種類の形になった。

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