第20話 騎士団
「昔、騎士団は貴族主義の序列でした。イザーク様は部隊長の頃から、実力主義で部下を取り、団長になった今はその改革に成功しています」
「へえ、騎士団も教会みたいだったんだね」
エマの仕事ぶりで今日も早々に飴を完売させたエレノアは、エマと騎士団に向かう道のりで、イザークの仕事ぶりを聞いていた。
定番のいちご飴は残し、春のオレンジから夏メニューの桃に切り替わった初日は、いつもより客が殺到し、更に早い完売となった。ティータイムを楽しむにも良い時間だ。
エレノアはあれから、もも飴の試作を作っては公爵邸に持って帰っていたが、イザークに会えずにいた。
(あんなに楽しみにしていたのに、あれから会えていない。忙しいのかな?)
帰りの遅いイザークを最初は起きて待っていたものの、イザークは屋敷に帰って来ない日が続いた。起きて待つのをエマから止められ、夜ふかしをやめた。それからもイザークは屋敷にたまに帰って来てはいるらしいが、エレノアとは完全にすれ違っていた。
発売日初日の今日も、エレノアはもも飴を一本イザークのために除けていた。
『今日もお仕事遅いのかなあ……』
エレノアがぽつりと呟いたのを、エマは聞き逃さなかった。
『じゃあ、騎士団に突撃しちゃいましょう!』
『ええ?!』
そして二人は騎士団に向うことになった。
「うーん、でも、騎士団と教会は関係しているのに行っても良いのかなあ?」
「魔物討伐で怪我人が出なければ、教会から人が派遣されることはありませんわ。今日も騎士団は鍛錬、イザーク様は執務室にてお仕事されているはずです」
イザークの予定をいつの間にか調べ上げているエマは流石だ、とエレノアは驚きながらも、少しだけ不安があった。
(私を知っている人がいたらと思ったけど……こんな下位の聖女なんて覚えていないよね)
人手が足りない時はエレノアも騎士団に派遣されていた。しかし、そういうときは大抵大勢の負傷者がいて、エレノアもいちいち騎士の顔など覚えていない。逆もしかりだろう、と思い至ったエレノアは、不安を考えないことにした。それよりもイザークに久しぶりに会えるかもしれないと思うと、胸が弾んだ。
「エマ、もしかして最初から計画してた?」
エレノアがいつも着る装いはエマが用意してくれる。飴屋の仕事の時は動きやすいワンピースで、エプロンは店に用意されている。
今朝起きたとき、用意された綺麗なスカイブルーのワンピースに、エレノアがイザークを思い起こしたのは言うまでもなかった。
(もしかしたらエマは、今日最初から騎士団に行くつもりで?)
エマの方を見やれば、彼女は口に人差し指を当てて、不敵に微笑んだ。
「さあ? どうでしょう」
不敵に笑うその綺麗な顔に、妖しさもあり、エレノアはつい息を飲んでしまい、それ以上は何も言えなかった。
(エマって有能で不思議な女性だよね)
それでもエレノアのためにこうしてイザークに会えるように騎士団まで連れて行ってくれるのだから、彼女が優しい人なのは間違いない。
「ねえ、ザーク様には前もって言ってあるんだよね?」
有能なエマのことだから当然そうしてあるのだろうとエレノアは思い、彼女に問えば、エマはいたずらっぽく笑って言った。
「あら? サプライズだから嬉しいんじゃありませんか!」
「ええええええ?!」
まさかの返答に、エレノアは驚きで声をあげた。
「大丈夫です。騎士団の執務室にいるのは確かですから」
自信満々にウインクしてみせるエマに、エレノアは急に不安になってくる。
「お仕事中に良いのかなあ……」
「イザーク様はエレノア様を優先させるに決まっています」
「ええ……」
何故か自信たっぷりのエマに、エレノアは半信半疑ながらも、もう騎士団がある建物まで来てしまった。もう突撃するしかない。
エマが入口で手続きを取ると、受付の騎士が驚いた表情でエレノアを見てきた。
(何だろう? やっぱり急に来てマズかったかな)
不安になるエレノアだったが、それは杞憂に終わる。
受付の騎士がわざわざ出てきて、エレノアを出迎えた。
「ようこそおいでくださいました! おい、ご案内しろ!」
恭しくエレノアに敬礼したかと思うと、受付の騎士はすぐ側にいた騎士に声をかける。
「はっ!」
何だか騎士たちが緊張しているかのような、エレノアに対する態度が辿々しい。
「さ、行きましょ」
何故かにこにことしているエマに促され、騎士団の建物にエレノアは足を踏み入れた。
「聖女様?!」
敷地に足を踏み入れた瞬間、前から歩いて来ていた騎士に声をかけられ、エレノアはギョッとした。
(え?! 早速私が誰だかバレてる?! 私を知っているなんて……)
固まるエレノアの前にスッとエマが立ちはだかる。
「サミュ隊長!」
受付の騎士と案内を請け負ってくれようとしていた騎士が一斉に彼に敬礼をする。
(隊長? 私に上官との面識は無いはず)
「お疲れ様」
敬礼を返し、隊長と呼ばれた人は人懐っこい笑顔で彼らを労った。
赤茶色のふんわりとした髪に、くりくりの丸い茶色の瞳。見た目は可愛らしいその騎士は、人好きのする笑顔でエレノアに近付く。
「突然失礼いたしました。僕は昔、貴方に命を救ってもらったことがあるんです」
警戒するエマの後ろから顔を覗かせ、エレノアはその人の良さそうなサミュの顔を見つめた。
(私が上官を治癒することは無いはず)
心当たりの無い顔に、エレノアも警戒心を持った表情でサミュを見れば、彼はくしゃりと笑顔を作った。
「僕の名前はサミュ。今でこそ、第一隊の隊長を任されていますが、ニ年前はただの一兵卒でした」
「ニ年前……」
エレノアはすぐに思い当たることがあった。
ニ年前、大掛かりな魔物討伐が行われ、多くの犠牲者を出したのだ。もちろんエレノアも駆り出され、治療に駆けずり回った。
「僕は孤児なんです」
ニ年前の悲惨な出来事を思い返していると、サミュは何の躊躇いもなく、エレノアに笑顔で告げた。
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