第37話 矛盾した行動

 午後も、富士ランドのアトラクションを大いに楽しんだ。


 そして、運命の時間タイムリミットが、刻一刻と迫っていく。

 成川は、緊張からか口数が減っていき、一人輪から離れて、黙り込むことが多くなった。


 星川は、成川の動向などつゆ知らず、須田さんとお喋りに興じている。

 きっと、いざという時、俺が守ってくれることを分かっているからなのだろう。

 信頼されている証なのだろうが、もう少し気を張っていて欲しいものだ。


 樋口と古瀬も、他愛のない会話をしているものの、どこかお互いにソワソワとしている様子。

 そんな五人の顔色を窺いながら、俺はもう一度自分に問うてみる。


 果たして、本当にこのメンバーを助ける必要があるのかと。


 俺を含めた六人で、またどこかに遊びに行くことは、今後二度とないだろう。

 そして、俺以外の五人で、どこかへ出かけるかと言われれば、同じクラスで関わっている限りはあるかもしれない。

 しかし、クラスが変わってしまえば、必然的にまた新たなメンツとつるむことになり、遊びに行ったとしても二、三人が集まるだけで、全員というのは難しくなるだろう。


 所属する環境が変われば、人間関係も変わっていくというもの。

 では、なぜ樋口や星川は、今の状態を保とうとしているのだろうか?


 答えは簡単だ、保身である。


 自分が面倒ごとに巻き込まれたくない。

 ストレスなく、バカな話で盛り上がって、つつがなく楽しいと思える日常を過ごしていくこと。

 これこそが、彼ら彼女らにとっての青春となり、思い出として青春の一ページとして刻まれて行くのだ。

 そんな何気ない日常を、完全に否定するつもりはない。


 ただ、何かを変えたいと思うのであれば、前に進むことも時には必要なのだ。


 樋口たちのグループの安寧を守りつつ、彼らの身に危害が加わらない方法。

 俺の中では、既に答えは出ている。

 ただ、それを実行する覚悟がまだ持てずにいた。


 俺の中にも、まだどこかで、彼らのような保身の心が残っているのだろう。


 他の奴らに嫌われたくない。

 仲間として扱って欲しい。


 そんな、自ら捨てたはずの感情が、自分に湧き上がっていることにすら、嫌気がさしてくる。


「初木」


 とそこで、ぽんと後ろから肩を叩かれた。

 振り返ると、成川が今にも何かを吐き出しそうな表情を浮かべていた。

 顔色が悪く、明らかに緊張した様子で、こちらを見据えてきている。


「どうした?」


 俺が平静を装って尋ねると、成川は胸の辺りを押さえながらつぶやいた。


「もう俺ダメかもしれねぇ……プレッシャーに押し潰されそうだ」


 弱気発言を零す成川に、俺は意地の悪い言葉を返した。


「なら、別に今日じゃなくてもいいんじゃねぇの?」


 成川が告白を諦めれくれさえすれば、俺も行動せずに済むのだ。

 しかし、成川は首を横に振る。


「いや、お前や樋口に宣言した手前、ここで引いたら男が廃るってもんよ」


 成川にも、男としてのプライドがあるらしい。

 正直、そんな陳腐なプライド、今だけはゴミ箱へ捨ててきて欲しいと思ってしまった。


「まっ、大丈夫だ。お前なら、もっと緊張する場面を乗り越えてきたはずだろ」


 初打席のバッターボックスに立った時、自身の受験番号を探した受験の合格発表。

 人生において、成川は幾度となくプレッシャーを乗り越えてきたはずだ。

 俺だって、同じ経験を何度もしてきている。

 だからこそ、プレッシャーに打ち勝てと、エールのような言葉を送っていた。

 その言葉に、成川は少々驚いたような目を向けてくる。


「初木って、意外とクールに見えて情熱的だよな」

「んなことねぇよ」

「サンキュー初木。なんか俺、いけそうな気がしてきたわ!」


 成川の背後に、やる気の炎がメラメラと沸き上がっている。

 どうやら、俺のアドバイスが巧妙して、覚悟が決まってしまったらしい。

 我ながら、なんという矛盾な行動をしているのだろうか。


「ありがとうな……成川。それからごめん」

「ん、何で謝る必要があるんだ?」

「いや、分からなくていいよ」


 これは、先に謝っておかないといけないことだから。

 きっと、今後成川とこうして語り合うことは無い。

 もしかしたら、今日が最後の会話になる可能性だってある。

 だから、俺は先に謝罪の言葉を口にしたのだ。

 悪いな成川、お前の望みを叶えさせることが出来なくて。


 俺は、俺のやるべきことを遂行させてもらう。


 成川が覚悟を決めたのであれば、俺も同じように覚悟を決めるだけ。

 あとは、行動あるのみだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る