第26話 古瀬の本気度と勘違い

 しばらく待っていると、古瀬が電話を終えて戻ってきた。


「ごめんねー! 待たせちゃった?」

「いや、問題ない」


 俺がそう言うと、古瀬はベンチに腰掛けて、テヘっと苦笑いを浮かべる。


「いやぁー! 今日テニススクールの予約入れて他のすっかり忘れちゃっててさー! 他の日に振り返してもらっちゃった」

「へぇ……古瀬って、部活以外にもスクール通ってるのか?」

「まあねー! ほら、やっぱりやるなら本格的に取り組みたいじゃん?」


 当たり前のように言って見せる古瀬。

 そんな口ぶりからも、彼女の熱いテニス愛が伝わってくる。


「古瀬ってさ、結構部活になるとストイックなのな」


 俺がそう言うと、古瀬は目をパチクリとさせながら、視線を向けてきた。


「えっ? 初木だって、部活は本気でやってるでしょ?」

「そりゃまあ、そうだけど……」


 古瀬の所属している女子テニス部は、どちらかと言えばステータス高めな女子たちがブランドを意識して仲良しこよしやっているものだと思っていたので、スクールにも通いながら、部活中もあれだけ鋭い剣幕を凝らしてトレーニングに励んでいる古瀬を見て驚いたのだ。

 その旨を伝えると、古瀬は少々恥ずかしそうに頬を染める。


「わ、悪い? 本気でやっちゃ」

「そんなことないだろ。むしろ運動部なんて、勝つためにやってなきゃ意味ないからな」


 俺だって高みを目指しているからこそ、サッカーを続けているのだから。

 古瀬は再び机に突っ伏して、窓の外の景色を眺めながら語りだす。


「うちの学校ってさ、そんなに部活動が盛んっていうより勉学優先じゃん? だから、三年生はどの部活も大体五月の大会を最後に引退して、それ以降は受験勉強に集中って形だからさ。私たちに残されてる時間も、あと少ししかないんだよ」

「そうだな。二年生は特に、俺達が中軸になって活動できるし。生半可にやって、後悔したくないよな」


 全国大会出場とか、そんな高みを望もうとは思っていない。

 けれど、少しでも、今の仲間たちと一緒に価値を共有して積み上げたものを、全力で試合にぶつけて戦いたい。

 その気持ちは、俺も古瀬も誰より持っているということだ。


「初木はスポーツ推薦とか狙ってるの? 一応、県選抜には選ばれたりしてるんでしょ?」

「まあ、選ばれてはいるけど、うちの学校じゃ大学推薦は厳しいだろうから、普通に一般受験をすることになるとは思ってるよ」

「そっか……やっぱり現実って甘くないね」

「ほんと、その通りだよ」


 いくら実力が伴っていたとしても、特に団体競技は、個人の実力だけでどうにかできるものではない。

 推薦を貰うためには、最低でも県ベスト8ぐらいの成績は残す必要があるだろう。

 となれば必然的に、ジャイアントキリングは起こさなければならないわけで、全国出場を狙っているような強豪校を倒さなくては、推薦など夢のまた夢なのだ。


「部活やってるときにさ、イライラすることとかない?」

「えっ?」


 すると、古瀬が思いつめた様子で尋ねてきた。


「たまにいるでしょ? 本気で高みを目指すとか考えてなくて、とりあえず部活を楽しくやってればそれでいいと思う人たちって」

「あぁ、そういうことか。多少はいるけど、言っても無駄だから無視してる。もちろん、チームプレーをしなきゃいけない時は、それ相応の要求は求めるけどね」

「初木は偉いね。私だったら絶対にブチ切れちゃう。なんで真面目に取り組んでくれないの!って」

「まあ、『俺、サッカー部に所属してるイケイケなんだぜウェーイ! モテモテフゥー!』って奴らには、何言っても響かないからな」


 部活に対するモチベーションは人それぞれだ。

 部員が多くなればなるほど、その乖離は大きくなっていくものである。


「初木はさ、自分が思ってることを理解してくれない人たちに対して、悔しいって気持ちを感じないの?」

「そりゃ、悔しいって思うときはあるけど、そこで一人輪を乱しても、『うっわ、コイツ何本気になってんの? うちの学校の実力じゃ勝てる訳ねぇのによ』って逆に浮いちゃって変な空気になるんだよ。まあ、サッカー部は割とスタメン組の奴らは本気で取り組んでる奴が多いから、少数派になることは少ないけど」


 そう言う意味で言うならば、サッカー部は本気で取り組んでいるメンバーが多いから、恵まれている環境だとは思う。


「そっかぁ……いいなぁー男子は」

「別にここに関しては男女関係ないと思うけどな」

「そんなことないよ。女子なんてほんと、きついトレーニングだって分かるとすぐにどうやって楽しようかって事ばかり考えるからね? それこそ、百合子とか夏奈だって、部活になると嫌そうな顔浮かべたりするもん」

「そうなのか……なんか意外だな。クラスではあんなに仲いいのに」

「クラスだと異性の目もあるからね。表向きは仲いいって風に見せてないと、幻想が崩れちゃうでしょ? 女子だけになったらそりゃもうバチバチだよ」

「今まさに俺の幻想が崩れたんだが?」

「初木はいいでしょ別に? 私が散々恋愛事情の幻想も崩してきたんだから」

「そりゃそうなんだけど……」


 やっぱり、女子グループってこえぇわ。

 男子に生まれてよかったと、改めて俺を生んでくれた両親に感謝する。


 まあ今はボッチだから、男友達ともそんなに関わってないけどね。

 いじめられていないだけマシか。


「そう言えばさ、話変わるんだけど、今度の休日、初木も富士ランド一緒に来てくれるんだって?」

「おう……まあな」

「ごめんね、私が無理言っちゃったから、付き合わせちゃって」

「えっ?」


 意味が分からず、俺は素っ頓狂な声を上げてしまう。


「どうしたの?」

「無理言ったってどういうことだ?」

「あぁ、聞いてない? 一緒に行こうって誘われてたんだけど、『初木がいないとヤダー』って、百合子に駄々こねたの」


 えっ、そうだったの⁉

 初耳なんだが?

 なんなら、須田さんから一切連絡すら来てないんですけど……。


「私のお願い聞いてくれてありがとうね。初木が来てくれるって聞いた時、すごく嬉しかった」


 なんか、古瀬の中では私が駄々をこねたせいで、俺が仕方なく行く羽目になっているという構図が頭の中で出来上がっているらしい。


「まあなんだ。別に構わねぇよ」


 ここは波風を荒立てない方がいいと判断して、古瀬には勘違いしたままでいてもらおう。


「いっぱい楽しい思いで作ろうね!」

「おう、そうだな」


 そう言ってくる古瀬の表情は、心なしかとても嬉しそうであった。

 ほんと、なんで俺、こんな美少女からこんなに好意的に思われてるんだろう。

 今になって振り返ってみても、よく分からねぇや。


 まあでも、今回俺が富士ランドの遊びに参加する目的を、履き違えないようにしないとな。

 あくまで今回は、古瀬との思い出作りのためではなく、星川が告白されるのを防ぐためである。

 そのことだけは念頭に入れつつ、古瀬と楽しむことは、頭の片隅に入れておくことにしよう。


 古瀬にからかわれている間に、星川と成川が二人だけの状況になってしまうことだけは、なんとしても避けなければならないからな。

 そう、俺は心に深く刻み込んだ。

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