第2話 放課後にぶつかってしまった美少女

 その日の放課後、俺は担任から雑用を頼まれ、一時間ほど手伝わされる羽目になった。


「ったくよ、俺の扱い雑過ぎるんだよなぁ……」


 俺だって、部活があるんだから、もう少し慮って欲しいものだ。

 担任への愚痴を零しつつ教室へ戻ると、既に他の生徒は誰もおらず、俺の机の上にポツンと荷物が置いてあるだけという、物寂しい雰囲気が漂っていた。

 教室前にある時計を見れば、既に時刻は四時半を回っている。


「やベッ、急がねぇと、部活が終わっちまう」


 俺はバッグを背負い、急ぎ足で教室の外へと出ていく。


「きゃっ……⁉」

「うぉっ!」


 教室の入り口を出た瞬間、俺は廊下を歩いていた女子生徒とぶつかってしまった。

 ぶつかった反動で、お互いにバランスを崩して、そのまま尻餅をついてしまう。


「いたたたた……」

「ご、ごめん! 大丈夫⁉ 怪我はない?」


 俺は慌てて女子生徒の元へと駆け寄って声を掛ける。

 彼女はお尻を撫でながらも、けろっとした表情で顔を上げた。


「うん……大丈夫だよ。急に教室から出てきたからびっくりしちゃった」


 特徴あるソプラノ声で、可愛らしい笑顔を浮かべる女子生徒の名は、星川夏奈ほしかわなつな

 古瀬景加と同じテニス部に所属している女の子であり、彼女もまた、学内で一、二を争う美少女である。

 小柄で、庇護欲そそられる小動物のような可愛らしい仕草が、多くの男子を虜にさせるのだ。

 

 そんな美少女に、思い切りぶつかってしまったのだ。

 万が一怪我でもしていようなら、学内中から後ろ指をさされるどころか、学校にいられなくなってしまう。


「本当に申し訳ねぇ。俺が完全に不注意だったから」

「気にしないで。お互い怪我もなかったんだし」


 そう言って、スカートをポンポンと叩きながら、軽やかに立ち上がる星川さん。

 俺の方へ顔を向け、にこっと可愛らしい笑みを向けてきてくれる。

 このあどけない無垢な笑顔に、俺のような男子生徒は、すぐに心を奪われてしまうのだろう。


「えっと……初木君だよね? 六組の」

「あぁ、うん。名前知っててくれたんだ」

「まあね。私、同学年の人の顔と名前は、全員一致するようにしてるから」

「そりゃ凄いな」


 俺なんて、クラスメイトの顔と名前を一致させるだけで精一杯だというのに。


「それで、なんか急いでるみたいだったけど、何かあったの?」

「あっ、そうだ! 早く部活行かないと……! コーチに怒られちまう!」


 俺は廊下に落っことしたカバンを拾い上げ、背中に背負い込む。


「それじゃ、俺は部活行くから、この辺で。本当にぶつかって悪かった!」

「ううん、平気だよー。部活頑張ってね! あっ、向かうとき、他の生徒にぶつからないようにするんだよー!」

「うん、気を付けるよ!」


 俺は星川さんに見送られながら、足早に昇降口へと向かって歩き出す。

 こんな可愛らしい美少女に見送られて部活に向かうとか、物凄い気分がいい。

 きっと星川さんの彼氏になった男は、大層羨ましい思いをするんだろうなぁ……。


 一人の男の子を、星川さんが健気にサポートしてあげている姿が容易に浮かんでくる。

 まっ、俺には縁のないことだけどね。


 そう思考に区切りをつけて、俺は昇降口へと急いでいった。



 しかし、俺はこの日に起こった二つの出会いが、これからの学校生活を大きく変化される分岐点になるとは、この時全く思っていなかったのである。



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