第1話 図書室に現れた美少女
十回目の告白を果たして、二か月ほどが経過した頃。
まだまだ春の気配見えず、寒空が続いている。
俺、
図書室内は閑散としており、受付係の図書委員以外に生徒は見当たらない。
俺はいつものように、文庫本の本棚から探偵小説を手に取り、端の席へと向かう。
本当は持参しているライトノベルを読みたいのだが、万が一誰かにバレた時がまずいので、学内では控えている。
図書室に通い始めて数週間が経ち、一人で昼休みを過ごすことにも慣れてきた。
今は一人の時間も悪くないなと思い始めている。
すると、端の席に、珍しく先客が座っていた。
端の席に座っている女子生徒は、頬杖をついて外の景色を眺めていた。
横顔には哀愁が漂っているのに、それを凌駕するほどの美貌を兼ね備えている。
背中まで伸びる黒髪は、陽光の光に照らされて艶めいていて神秘的だ。
その女子生徒の名前を、俺は知っている。
そんな古瀬さんの姿を見つめていると、はっと視線に気づいた様子で、こちらを振り返った。
小さくて整った顔立ち。
ぷるりとした唇に、すっとした鼻筋。
なのに、彼女の目元には、涙が溜まっている。
「えっと……悪い……」
俺は咄嗟に詫び言葉を言うと、踵を返してその場を立ち去ろうとする。
「初木君だよね……? 確か、サッカー部の……」
名前を呼ばれ、俺はぴたりと足を止めて立ち止まる。
恐る恐る古瀬さんの方を再び見れば、先ほどまでの悲しみの表情とは違い、穏やかな笑みを浮かべていた。
俺は身体を古瀬さんの方へと戻して向かい合う。
「あぁ、初木だ。初木青志」
「どうしたの、こんなところにいるなんて?」
「それはこっちのセリフ。俺、いつも昼休みはここにきて本読んでんだよ」
「ふぅーんそうなんだ。運動部なのに珍しいね」
「それ、マジで偏見だからな」
運動部だとしても、本好きのだっている。
漫画派に比べたら少数かもしれないけど!
「それで、古瀬さんはどうして図書室なんかで外を眺めてたの? 何か考え事?」
「まあ、そんな感じ」
古瀬さんは、つまらなさそうな声で答える。
ここは、邪魔しない方がいいだろう。
「まっ、ここに来る奴なんてほとんどいないから、じっくり一人で悩めばいいよ」
「あっ、ちょっと待って」
俺が再び立ち去ろうとすると、古瀬さんに呼び止められた。
振り返ると、古瀬がちょいちょいと手招きしている。
「ちょっとさ、私の話、聞いてくれない?」
何か吐き出したいことでもあるのだろう。
古瀬さんはどこか、悟りの境地を開いたような表情を浮かべていた。
「……分かった。俺で良ければだけど」
元々断れない性格もあって、俺は古瀬さんの隣の椅子に腰かけた。
すると、彼女はおもむろに、重苦しい雰囲気のまま話し始める。
「あのね……今から話すことは、他の人には言わないんで欲しいんだけど……」
話を聞けば、古瀬さんはその美貌から、学外でも噂になっているらしい。
そして先日、他校の先輩から告白を受けたとのこと。
当然、素性を知らない人からの告白に、古瀬さんは断りを入れたものの、彼の想いや熱意に気圧されて、ひとまず彼の人となりを知るため、遊ぶ約束を取り付けたという。
しかし当日、待ち合わせ場所にやってきたのは、なんと先輩の彼女だった。
加えて、古瀬が先輩に迫ったという風に情報が改変されており、そこからは、聞くに堪えぬ泥沼展開が待ち受けていた。
俺は古瀬さんの壮絶な話を聞いているだけで、胃が痛くなってきてしまう。
「それでさ、後になって聞いたんだけど、その先輩の方が彼女に言ったんだって。『私に頼まれて仕方なく遊ぶことになった』って。そこで、私気づいちゃったわけ。やっぱりモテる男って、ろくな男いないなって」
「な、なるほど……」
つまり。古瀬さんに告白をした先輩は、二股をかけようとしてただけでなく、アプローチを駆けられて困っている被害者ズラをしたわけだ。
恋愛に関して専門外の俺でさえ、聞いているだけでクソ野郎だということが、ひしひしと伝わってくる。
「ってごめんね、きつい話聞いてもらっちゃって」
古瀬さんは、申し訳なさそうに謝ってくる。
「いや、それは構わないんだけど、古瀬さんはいいの? アプローチしたのはアッチからなのに、古瀬さんの方から迫ったって勘違いされたままで?」
「うん、別に他校の生徒だし平気。言っても、結局信じてくれないだろうし」
古瀬さんはどこか諦めたように息を吐くと、哀愁漂う表情を向けて尋ねてくる。
「ねぇ、本当に一途で誠実な男の子って、どうしたら見つけられると思う?」
「いやぁ、それを俺に聞かれましても……」
彼女いない歴=年齢の俺にとって、難しい質問だ。
「むしろ、古瀬さんの方が知ってるんじゃないの? 古瀬さんって、男子からも人気だし」
「まあねー」
「ひ、否定しないんだ……」
「だって、ここで否定したら嫌味に聞こえるでしょ?」
俺はそう思わないけど、恐らく女子界隈ではそう答えないと嫌われてしまうのだろう。
やっぱ、人間関係って超絶面倒くせぇ……。
「まあでもさ、これは自慢でもないんだけど、小学生の頃から幾度となくアプローチを受けてきたから、男の子に困ったことはないわけ」
「お、おう……」
凄い自慢にしか聞こえないんですけど……。
俺が思った感想は心の内に留めておき、古瀬さんの話の続きを聞くことにする。
「それでさ、自分が可愛いんだって自覚した時、どうしても調子に乗って浮かれちゃうわけ。その結果、見た目がカッコいい男の子を選んじゃうんだよ」
まあそりゃ、俺みたいなブサメンと陽キャイケメン、どちらを選ぶかといえば、そりゃイケメンを選ぶに決まっている。
調子に乗るというより、自然な摂理なのではないだろうか?
しかし、古瀬さんにとっては、それは違うらしい。
「はぁ……もっと私だけを甘やかしてくれる、優しい男の子いないかなぁー」
嘆くようにつぶやいて、机に突っ伏してしまう古瀬さん。
モテる人はモテる人で、違う悩みを抱えて生きているんだな。
そう考えたら、モテない人の方が楽なんじゃないかとさえ思えてきてしまった。
なんだか古瀬さんが哀れになってきてしまい、俺は思わず、手を差し伸べてしまった。
彼女の頭へ……。
「色々と大変だったんだな。古瀬さんは偉いよ。そうやっていつも頑張っててさ」
「えっ……」
突然の出来事に、古瀬さんがぽかんとした顔を向けてくる。
「あっ、いやっ……これはそのぉ……悪い……つい妹にしてる癖で」
「うん、平気……」
咄嗟に手を離して、適当に理由をでっちあげると、古瀬さんは黙ったまま俺を見据えてくる。
絶対気持ち悪がられたよな……。
気まずい沈黙が、辺りを包み込む。
「ごめん、話聞いてくれてありがとね! 私教室戻るから!」
古瀬さんはバっと席を立ち、そのまま逃げるようにして図書室を後にしてしまう。
「えっ⁉ ちょ、古瀬さん⁉」
一人取り残された俺は、ただあんぐりと口を開いたまま唖然とすることしか出来ない。
再び図書室に、静寂な時間が流れ始める。
「……ヤバイ、余計なことしちゃったかな」
俺は、自身の行動に後悔の念を抱いていた。
もしこれで、古瀬さんが、他の女子達に告げ口したらどうしよう。
「ねぇ聞いて、聞いて! さっきさ、初木が急に頭触ってきたの。マジきもくない?」
「うわっ、なにそれヤバーい」
「きっしょ」
……神様、どうか古瀬さんが言いませんように。
俺は神頼みすることしか出来ない。
まあでも、さらに誰かから嫌われることになろうとも、一人になることを決めた俺にとっちゃ関係ないか。
学年全員から嫌われたとしても、自分自身で自分を理解していればいいのだから。
それに、今後古瀬さんと関わる機会もないだろうしね。
俺はそう割り切って、机に置いていた文庫本を開いた。
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