第11話 面倒ごとを頼まれてしまいました

『初木君、放課後ちょっと時間あるかな?』


 午後の授業中、俺のスマホへ、とある人物から連絡が来た。

 連絡先を交換していたことすら忘れていたので、最初通知に来た時は目を疑った。

 そして、約束を取り付け、今俺は体育館裏の倉庫へ前へとやってきていた。


「お待たせー!」


 しばらく暇を持て余していると、俺の呼び出した本人がやってくる。

 ポニーテールに結んだ髪を揺らして、黒のバレーボールシャツとズボンに身を包んだ女の子。

 バレー部の本坂柚季もとさかゆずきは、駆け足で俺の元までやってくると、息を切らした様子で、両ひざに手を吐いてしまう。


「ごめんね……はぁっ……待たせちゃった……はぁっ……かな?」


 息を乱しながら、申し訳なさそうに尋ねてくる本坂さん。


「いや、平気。俺も今さっき来たところだから」

「そっか、ならよかった」


 本坂さんは頭を上げて、安堵した表情を浮かべる。

 まさか、本坂さんから呼び出されるとは、夢にも思っていなかった。

 何を話したらいいのか分からないので、少し一緒にいるのが気まずい。

 そんなことを思っていると、本坂さんは辺りをキョロキョロと見渡して、ちょいちょいと手招きしてくる。


「見えないところ行こ?」


 俺は本坂さんに連れられて、柱の陰に隠れた。

 ここなら、誰からも見られることはない。 

 ただ、お互いに向かい合う形になるので、物理的に距離が近くなってしまう。

 俺を覗き込んでくる本坂さんの視線が眩しすぎて、俺は身を引いてしまいそうになる。


「なんか、初木と話すの久しぶりだね。去年の文化祭以来かな?」

「かもしれないな」


 本坂さんがふっと微笑みながら、他愛のない会話から始めてきた。


「調子はどう? 新しいクラスではうまくやれてる?」


 本坂さんは何の気なしに尋ねてくる。


「まっ、ボチボチボッチ生活してますわ」

「それ、全然上手く行ってないじゃん!」

「いいんだよ。俺はもう、面倒な人間関係は御免なんだ」

「もしかして、まだ梨花りかのこと引きずってるの? あれは初木のせいじゃないって言ってるのに……」


 梨花とは、俺が最後に告白した浜岸梨花はまぎしりかの事である。

 俺はクリスマスの夜、浜岸梨花に告白して振られた過去を持っているのだ。

 それから、色々と揉め事があり、俺はボッチになったのだが、本坂も少なからずその事情を知っているので、多少心配してくれているのだろう。


「まっ、俺の話はいいんだよ。それで、わざわざこんなところに呼び出して、何の用だ?」


 話題を切り替えるようにして、本題へと移ると、本坂さんは腕を後ろに組みつつ、身体を左右に揺らした。


「そのことなんだけど……初木ってさ、樋口君と同じ部活だよね?」

「あぁ……そうだけど……」


 うわぁ……なんかすごい嫌な予感がプンプン漂ってるんだけど……。

 胸につかえる思いを内に秘めつつ、俺は本坂さんの話の続きを聞くことにする。


「それでね、折り入ってお願いがあるんだけど、樋口君と今度一緒に勉強会を開くことになったんだけど、二人きりだと気まずいから、初木にも来てもらえないかなと思って……」


 ほらやっぱり、ろくなお願いじゃなかったよ。

 まあでも、男子にお願いされるより、女子に頼まれた方が何倍もマシだけどね。


「えっと、一応確認なんだけど、本坂さんは樋口の事が好きって認識で合ってるか?」


 俺が尋ねると、本坂さんは頬を朱色に染めながら、コクリと頷いた。

 なるほどなぁ……。

 古瀬の言っていた通り、こりゃ面倒なことになりそうだ。


「いやいや、俺なんかが行っても空気悪くするだけだし、他の人誘いなよ」


 樋口とは同じ部活ではあるものの、特別仲がいいわけでもない。

 下手したら、『えっ、なんでコイツいるん?』と、思われる可能性だってある。


「実はね、景加の頼みなの」

「えっ、古瀬の?」

「うん、私を誘うなら、初木も誘ってって言われちゃって」


 おうマジか……。

 古瀬の奴、俺を面倒ごとに巻き込みやがったな。

 確かに、話は聞いてあげたけども!


「だからお願い! 今度の休日、勉強会参加してくれないかな?」


 必死に頭を下げてくる本坂さん。

 ぐっ……これは断れん。

 もしここで断ってしまえば、俺だけでなく古瀬の印象まで悪くなってしまう。


「わ、分かったよ……」

「本当に⁉ ありがとー!」


 本坂さんは嬉しそうに、俺の腕を無意識に掴んできて、ぶんぶんと手を振ってくる。


「あっ、ごめんね、ついはしゃいじゃって」


 我に返った本坂さんが、パっと手を離す。


「いや、別にいいんだけどさ……」


 突然手を掴まれて、一瞬ドキッとしてしまったのは黙っておこう。


「それにしても、初木って景加と仲いいんだね。なんか意外」

「古瀬に聞いたのか?」

「ううん、そうじゃないけど、景加が誰かを指定してくるなんて今までなかったから、信頼されてるんだなぁーと思って」


 確かに、関わりのなさそうな俺みたいな奴を古瀬から指定されたら、本坂さんも驚きだろう。


「まあっ、時々連絡取り合う程度だよ。クラスではほとんど絡んでねぇし」

「ふぅーん。そうなんだ」


 俺が適当に取り繕うと、適当な反応を示す本坂さん。

 どうやら、俺と古瀬の関係にはあまり興味がないらしい。


「でも安心したよ。初木が梨花以外の女の子と仲良くしてて」

「いやっ、別に俺と古瀬はそう言う仲じゃ……」

「まっ、その辺はどっちでもいいから! それじゃ、詳細については後日また連絡するから、よろしくね!」


 そう言い残して、本坂さんは踵を返し、体育館へと戻って行ってしまう。

 本坂さんの走り去っていく後姿は、心なしか軽やかに見えた。


 俺は一人取り残されて、大きなため息を吐く。


 あーあっ、また面倒ごとに巻き込まれてしまった。

 人に頼まれると断れない性格、いい加減どうにかしないとなぁ……。

 ひとまず、決まってしまったものは仕方ないので、頑張って勉強会を乗り切りますかね。

 そう心の中で納得してから、俺も部活へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る