第10話 図書室での愚痴
翌日、俺が一人食堂で昼飯を食べ終えて、いつものように特別教室の図書室へ向かってると、渡り廊下の所で古瀬が待ち伏せしていた。
「よ、よう……」
「んっ……」
昨日、何とも言えない感じで会話を終えたせいか、今日は隣の席でも話すことなく、気まずい空気が二人の間に漂っていたのだが、古瀬は剣幕な表情でこちらへと近寄ってくる。
そして、ガシっと俺の腕を掴むと、真剣な眼差しを向けてきた。
「ちょっと、話したいことがあるから、いつもの所に行くよ」
「お、おう……」
そのまま、腕を引っ張られて、俺は古瀬と一緒に
◇◇◇
「んでね、私がキューピット役を頼まれる羽目になっちゃってたんだよねぇー」
図書室に連れられて行き、俺は古瀬のお悩み相談を聞いているわけだが……。
最初に思った感想は、色々と面倒ごとに巻き込まれてるなというものだった。
聞いた話を総括すると、古瀬の友人の好きな人が、樋口らしく、同じクラスで仲の良い古瀬が引き合わせて欲しいと頼まれてしまったらしい。
なにそれ面倒くさっ!?
俺だったら絶対に断ってる自信あるわ。
「そりゃまた、面倒な役回りだな」
「でしょ? 初木もそう思うよね? 何で私って?」
「まあ、古瀬は男子との交流も広いから、頼みやすいんじゃねぇの?」
「人望があることは嬉しいんだけどさ、恋ぐらい自分で何とかして欲しいよね」
「だな」
そこで俺と古瀬の会話は途切れ、図書室内に静寂が訪れる。
俺が窓の外に視線を移すと、視界を遮るように、古瀬が手を振ってきた。
「なんだ?」
俺が尋ねると、古瀬は真っ直ぐな瞳でこちらを見据えてくる。
「初木はさ、好きな人とかいたりしないの?」
「唐突だな。珍しいじゃねぇか、古瀬が俺のことを聞いてくるなんて」
「だって、初木めっちゃ話聞いてくれるし、優しくてモテそうな気がするのに、全然色恋沙汰の噂を聞かないなと思って」
「じゃあ逆に聞くけど、初対面で性格もあまり知らなくて、顔がこんなんだったら、古瀬は告白された時、『素敵! 彼氏にしたい!』って思うか?」
「えっ……? そりゃ、あんまり面識もなくて性格知らなかったら、見た目で判断するしかなくない?」
「つまりはそういうことだ」
「いやいや、意味わかんないし! 全然理由になってないから!」
どうやら、今の例えでは説明不足だったらしい。
俺は付け加えるようにして口を開く。
「つまり、俺は仲のいい女友達がそもそもいないんだよ。誰かを好きになったとしても、全然関わりのない女子ばかりで、結局告っても見た目で判断されて振られるんだ」
「あぁ、なるほどね。じゃあ、好きな子と仲良くなってから告白すればいいのに」
「そう思うだろ? でもな、もし俺みたいなブサメンがいきなり親睦を深めようとして、気になってる女の子に声掛けたらどうなると思う?」
「どうなるの?」
キョトンと首を傾げて、分からないといった表情を浮かべる古瀬。
仕方がないので、ここはリアル体験談を実践してやることにする。
一つ咳払いをしてから、喉を絞って高音を出す。
「『えっ……何コイツ? 急に声かけて来るようになって、キモいんですけどー』って引かれるのがオチなんだよ」
「あーっ……」
古瀬が、苦虫を潰したような表情を浮かべる。
どうやら、古瀬にも心当たりがあるみたいだ。
「つまり、ブサメンは自分からアタックしても無理ゲーなわけ。だからもう、恋を諦めるのが一番楽なんだよ」
俺が、ブサメンによるブサメンあるあるを豪語すると、古瀬はどこか腑に落ちない様子で頬杖をついて、窓の外を眺めた。
「もったいない気がするけどなぁ……。初木はいい奴だから、もっと他の人にも知って貰った方が絶対いいのに」
「まっ、性格を知って貰わなきゃいけないからこそ、さっき古瀬が引き合わせて欲しいって言われたみたいに、友達を緩衝材にしてからじゃないと仲良くなれないパターンってのがあるんだよ」
「なるほど、そういうことね」
ようやく納得した様子で、古瀬はポンと手を叩く。
しかし、それもほんの数秒のことで、すぐにツーンと唇を尖らせてしまう。
「でもさ、この際言っちゃうけど、私が頼まれたのって
「柚季?」
「ほら、バレー部の
「あぁーっ……」
本坂柚季。
確か一年の時同じクラスだったはずだ。
「ぶっちゃけ、柚季って普通に可愛いと思わない?」
「まあ確かに、男子の中では人気だったな」
高一の時の男子会で、『ずばり、クラスで一番可愛い女子は誰だ⁉』という話になり、本坂さんの名前が真っ先に上がっていたのを思い出した。
中には、本坂さんのことを本気で狙っているクラスメイトもちらほらいた気がする。
俺たちの学年の中で、本坂さんのレベルが高いことは共通認識のようだ。
「でしょ? 柚季は元々可愛いんだから、私が引き合う必要ないと思うわけよ」
「なるほどな。まあでも、そもそも自分のことを可愛いって思ってる奴なんて、そうそういないだろ」
「そうかな? 心の奥底で、『誰誰ちゃんより私の方が絶対に可愛い!』と思ってる女子って、私は結構いると思うけどなぁー」
「やめて!? なんか今、女子界隈の闇を聞いちゃった気がするから!」
頼むから、俺の夢と幻想を壊さないでくれ!
「まあでもそっか……ちょっと考えてみることにする。あっ、この件はトップシークレットで!」
「分かってるよ。そもそも話す相手がいないっつーの」
古瀬が秘密めかした様子で唇に人差し指を当ててくるのに対して、俺は適当に生返事を返しておく。
「にしても初木って本当にいい奴だよね。私の話を真摯に聞いてくれてさ。普通だったら面倒くさくて受け流してるよ?」
「んな事ねぇよ。半分受け流して聞いてるし」
「嘘だぁー。私が『聞いて』って言うと、文庫本わざわざ閉じてこっち向いてくれるじゃん」
「だってそりゃ、古瀬が深刻そうな様子で毎回言ってくるから、てっきり大事な話なのかなと思って……」
「ぷはっ! 初木真面目過ぎ! でもそういう所が、私は気に入ってるんだけどね!」
「はいはい、そうですか」
古瀬にからかわれ、俺は適当に受け流す。
「あぁ……もっと初木の魅力を他の人に伝えたいよぉー!」
「別に、全員に知っててもらう必要はないだろ。少なくとも俺は、身近にいる人だけが分かってくれてればいいよ」
全員に知って貰う必要はない。
近くに理解してくれる人が最低限いれば、俺はそれで満足なのだから。
「その身近な人ってさ……私も含まれてたりする?」
すると、古瀬が不安そうな表情を浮かべ、恐る恐る尋ねてきた。
「当たり前だろ。むしろ古瀬以外に誰がいるんだよ」
「そ、そっか……」
俺が当然のように答えると、古瀬は自身の髪を手櫛で梳きながら、どこか落ち着かない様子。
「ねぇ、初木はさ、もし私が――」
キーンコーンカーンコーン。
と、古瀬が何か言いかけたところで、昼休み終了を知らせるチャイムが校内に鳴り響いた。
「さてと、教室に戻りますかね」
「うん、そうだね……」
俺がそう言って立ち上がると、古瀬も話を切り上げて席を立つ。
「それじゃあ、私は先に戻るね」
「おう」
古瀬は踵を返して、一足先に教室へと戻っていく。
さっき、古瀬が何を言おうとしていたのかは分からないけど、言及するのも憚られたので、また向こうが話したくなったときに聞けばいいだろう。
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