第9話 放課後の約束

 部活終わりの放課後、学校の最寄り駅から電車を乗り継いで、とあるターミナルの改札口前にある時計台で待ち合わせ。

 しばらくすると、改札口の方から星川が姿を現した。


「お待たせー! ごめんね、待った?」

「いや、俺も今さっき来たところだから平気だよ」

「ごめんねー。わざわざ付き合ってもらっちゃって」

「いいって。俺も丁度、新刊のラノベを買おうと思ってたところだったし」


 授業中、紙切れでやり取りをした通り、俺と星川は駅前で待ち合わせをして、アニメイトへ本を買いに行く約束を取り付けていた。

 星川が欲しい漫画の新刊が発売されたらしく、アニメイトで購入すると、特典が付いてくるとのことで、それを求めて、俺を呼び出したという流れである。


「それじゃ、行くか」

「うん、そだね」


 早速、二人でアニメイトへ向かおうと歩き出そうとしたところで、俺は星川に制服の裾を引っ張られた。


「ん、どうした?」


 振り返って尋ねると、星川はちらちらと俺を覗き込むように見つめてくる。

 しばらく様子を窺っていると、星川が意を決したように手を差し出してきた。


「えっ……何?」


 俺が困惑していると、星川は不満げにぷくりと頬を膨らませ、さらに手をぐいっと伸ばしてくる。

 あっ、もしかして星川の奴……。

 俺は咄嗟に掌を胸元当たり前で上げて、制止の仕草をする。


「待て待て。買い物に付き合うとは言ったけど、金出すとは言ってないぞ」

「ちっがーう!!!」


 星川は憤慨した様子で地団駄を踏む。


「どうしてそう変な解釈しちゃうわけ⁉ 女の子の方から手を出されたら分かるでしょ⁉」

「分からないよ。一体何だっていうんだよ⁉」

「だから……手繋ごうっていうサインに決まってるでしょ!」

「はぁ⁉」


 星川から放たれた衝撃的な一言に、俺は思わず驚きの声を上げてしまう。


「いやいやいや、なんで俺と星川が手を繋ぐ必要があるんだよ。意味が分かんないって!」

「……景加とは繋いでたくせに」

「なっ⁉」


 まさか、星川に授業中の一幕を見られていたのか……⁉


「あ、あれはそのぉ……ちょっとした罰ゲームと言いますか」


 俺が慌てて理由をでっちあげると、星川がジトーッとした視線を向けてくる。


「ふぅーん……景加はいいのに、私とは繋げないんだ」


 そして、あからさまに落胆した様子で、視線を下へ落としてしまう。

 完全に不貞腐れモードに入ってしまった星川。

 そんな彼女を見て、俺はふぅっと一つ大きなため息を吐いた。


 辺りを見渡して、見知った顔がいないことを確認してから、俺は星川の手をそっと握り締める。

 俺から手を繋いできたことに、星川は一瞬驚いていたが、すぐに表情を破願させて、嬉しそうに手を握り返してきた。


 何で、そんな恋人に手を繋いでもらった彼女みたいな表情浮かべるんだよ……。

 可愛くて勘違いしちゃうだろうが。


 ってか、星川の手、小さくて握りつぶしちゃうそうだ。

 古瀬の手よりも一回り以上小さくて、柔らくてすべすべ、おまけにプニプニしてて……なんだこれ⁉


「い、行くか……」

「うん」


 顔が熱くなるのを感じつつ、俺と星川は、どちらからともなくアニメイトへと向かって歩き出す。


 ヤベェ……俺手汗大丈夫かな?

 気持ち悪がられてない?


「俺なんかとこんなことして、星川は嫌じゃないのか?」


 自身の心配を払拭するように、俺は星川へ尋ねた。


「別に、嫌じゃないよ」


 そっぽを向きつつ、か細い声で答えてくれる星川。


「そ、そうか……」


 俺は、つまらない返事を返すことしか出来なかった。

 二人の間に、何とも言えない沈黙が流れる。


「ってか、星川はさ。そのぉ……好きな人とかいたりしないの?」


 俺なんかと手を繋ぐより、星川にとっても好きな男子と手を繋ぐ方がよっぽど嬉しいだろうに。

 そう思って尋ねてみたのだが、星川は少々悩まし気な表情を浮かべた。


「仮に好きな人が出来たとしても、彼氏を作れないって言った方が正しいかな」

「どういうことだ?」


 星川の意味深な答えに、俺は思わず理由を尋ねてしまった。


「私ね、一つ上にお兄ちゃんがいるんだけど、凄い過保護というか、いわゆるシスコン?的な感じで、私の色恋沙汰の話が出るとめちゃくちゃ干渉してくるんだよね」

「そ、そうだったのか?」


 星川に兄がいることは、風の噂程度で知ってはいたものの、まさかそこまで拗らせている人とは初耳だ。


「中学の頃もね。付き合ってもいいかなーっていう男の子に告白されたんだけど、告白現場にお兄ちゃんが現れて、その子を詰問しちゃったの。『俺を認めさせてみろ』って」

「うわぁ……」


 聞いただけドン引きしてしまった。

 告白現場に実の兄が現れるとか、どんな拷問だよ。


「それで、告白してくれた男の子も委縮しちゃって、結局付き合うまでには至らなかった。それ以降、お兄ちゃんの噂を聞いて、私に好意を持っていたとしても、告白してくる人はいないってわけ」

「そんな過去があったのか」


 通りで、星川の色恋話を聞かないわけだ。


「だから私、今まで付き合ったことってないんだよね」

「なんか意外だな。星川はモテるから、そういう色恋沙汰で困ったことないとばかり思ってたわ」

「みんなにはそう言われるんだけどねぇー。現実は甘くないって感じ?」

「なるほどなぁ……」

「でもさ……逆に言えば、お兄ちゃんを打ち負かせるほど情熱を持って好意を寄せてきてくれる人もいないっていうのも事実だと思うんだよね」

「確かに、そう言う風に捉えることも出来るのか」


 俺みたいにモテないやつにとっては、縁のない話だけど。


「だから……ねっ!」


 そう言って、星川は握っている手にぎゅっと力を込め、意地悪な笑みを浮かべてくる。


「今はこうして初木をからかってるのが一番楽しいってわけ!」

「勘弁してくれよ。俺は星川のおもちゃじゃないんだぞ」

「冗談だってば! いい趣味友達だと思ってるよん!」

「さいですか」


 まあ、この手を繋いだ行為も一種のからかいで、何の目論見のないのであれば安心だ。


 俺も、変な勘違いをせずに済むからな。

 それに、星川みたいな美少女と手を繋げるなんて、ちょっと得した気分だし。


 と、そこでふと、一つ疑問が沸き上がる。


「ってかさ、もしこの状況を万が一お兄さんに見られたらどうなるんだ?」

「間違いなく問い詰められるだろうね。『お前は夏奈のなんなんだ、ゴラッ?』って」


 前言撤回、やっぱり星川とスキンシップを取るのは危険だ。

 今すぐ手を離したいところだが、ここで手を離したら星川からぶつくさ言われるだろうし、なんとかアニメイトまでは我慢しよう。

 誰にも見られずに、アニメイトへ辿り着けますように。

 俺はそう願いながら、気配を出来るだけ消して歩いて行くのであった。

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